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中央大学学員会石川県支部学術講演会2017

7月29日(土)、中央大学学員会石川県支部総会が行われます。総会後の学術講演会は、一般の方も入場可能です。今回の講師は、ワイドショーにコメンテーターとしても登壇している中央大学の野村修也先生。

前回は、100名を超える方に参加いただきました。写真のポスターは集客用に学員会石川県支部の役員の皆様に配布したもの。今回の動員目標も100名超と設定しました。

テーマは「空き家問題の処方箋」。相続が起きた時、持ち家率を勘案すると、親の住んでいる家は空き家になるのが必然の流れ。さて、どのような処方箋がでるか、今から楽しみです。参加希望の方がいましたら、わたくしにお声をかけてください。

 

靴磨き2017

従前からスーツを含む服については、研究していましたが、靴については超初心者。靴の世界は奥深く、ジョンロブやエドワードグリーンなど英国靴は大変エレガントでかつ高価。

先ずは、リーガルの靴(ブラック、ネイビー、ブラウン。3足ともストレートチップの牛革)を購入しました。そして、本格的な靴磨きをしたいと思い、千葉スペシャルを訪問しました。

千葉スペシャルは、有楽町の交通会館にあり、靴磨きの職人の衣装は、ユナイテッド・アローズが提供しています。

超人気店でして、暫し並んで待ち、お洒落な恰好の職人が磨くと、その靴が文字通りピカピカになります。(料金1足1,100円)

足元のお洒落。これから、研究してきたいと思っております。

 

「夢なき者に成功なし」<364>

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11日に顔真流の第2回「生涯現役セミナー」に参加した。

今回のテーマは「如何に健康寿命をキープ出来るか」だった。

参加者はそれぞれに健康に留意して生活のルーティーンに工夫を凝らしている。

 

松井師範から「吉田松陰名言」の紹介があった。

 

夢なき者に理想なし

 

理想なき者に計画なし

 

計画なき者に実行なし

 

実行なき者に成功なし

 

故に、夢なき者に成功なし

 

 

吉田松陰は、1830年(今から187年前)に生まれ1859年に没している。

 

29歳の生涯だった。

 

明治維新の精神的指導者・理論者として知られる。

 

人生は長さではなく、より深く生きることが大事だと言っている。

 

吉田松陰が開塾していた「松下村塾」に学んだ人物には、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋らがいる。

 

「木村経営ブレーン」シンボルマークのキャッチフレーズは「成功への提案」である。

 

成功するためには経営計画が無ければ達成できないことをあらためて認識する。

 

私が感動した吉田松陰の名言を一部ご紹介する。

 

「立志尚特異」…志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない。

 

「俗流與議難」…世俗の意見に惑わされてもいけない。

 

「不思身後業」…死んだ後の業苦を思い煩うな。

 

「目兪(人偏に兪)目前安」…目先の安楽は一時しのぎと知れ。

 

「百年一瞬耳」…百年の時は一瞬に過ぎない。

 

「君子勿素饗」…君たちはどうかいたずらに時を過ごすことなかれ。

 

「至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり」

 

「志を立てて以って万事の源となす」

 

 

名言はいつの世にも勇気づけられる。

 

 

 

写真…金沢駅・鼓門広場の紫陽花(6/12)。

リーダーの教養書

過日、「リーダーの教養書」を拝読致しました。

一橋大学の楠木教授とライフネットの出口氏の対談が秀逸です。

リーダーたる者、右往左往したらいけません。「ゆっくり急ぐ」ための時間軸を取るだけの教養が必要なことを実感できます。

STLOWS倶楽部のメンバーにも一冊、贈ろうかと思います。

創業記念日2017(42周年)

1975年6月1日、税理士法人木村経営ブレーンの前身である木村光雄税理士事務所が開業しました。

創業記念日。自ら言わなければ、誰にもわかりませんので、今年から、このタイミングで寄付をすることと致しました。

創業記念日の視える化として、寄付という形態にて社会に対して感謝の意を込め、祝福しようと思います。

私は、節目を大事にしています。節目があるから、もう一段階、次に行けると信じているからです。いつも支えて頂いている皆様のおかげと感謝しております。

 

「AI、人間を圧倒し引退へ」<363>

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米グーグルの囲碁用人工知能(AI)と中国の世界最強棋士、柯潔(か・けつ)九段(19)の三番勝負第3局が5月27日、烏鎮で打たれ、AIが3連勝して幕を閉じた。

グーグルは囲碁AIの開発は打ち切り、アルファ碁できずかった技術を医療やエネルギー分野への応用に軸足を移す。

柯九段は対局後、「アルファ碁は完璧すぎた。苦しくてたまらなかった」と話した。

 

1997年にはチェス世界チャンピオンに勝利し、2013年に将棋の現役男性プロに初勝利している。

 

囲碁では、アルファ碁がこれで60連勝し人間を抜いたと言われている。

 

アルファ碁を開発したイギリスのディープマインド社のハサビスCEOは「人間と対局するのは、これが最後になる」と語り、アルファ碁の事実上の引退を宣言した。

 

ディープマインド社が囲碁AIの開発に取り組んできたのは、「AIの力を試す最適の舞台」だからだ。

人間の脳をまねた「深層学習」と、AIが自己対局を繰り返す「強化学習」と呼ばれる2つの情報処理手法を組み合わせ、人間に頼らずに自分で勝ち方を編み出すAIシステムを作り上げた。

 

アルファ碁はシステムの実社会への応用は始まっている。

 

医療分野では特定眼疾患の検出精度向上にAIを活用するプロジェクトが進んでいる。

 

また、エネルギーの削減や電力の需給調整にも取り組んでいる。

 

ただ、人間が設定した目標と枠組みの中とはいえ、自ら考え、独創的な手を編み出すAIの登場には「暴走」への懸念もつきまとう。

 

高度化するAIを適切に管理する仕組みの重要性は今後、一段と高まりそうだ。

 

 

写真…「ヤマボウシ」(5/29・鞍月セントラルパーク)

大連視察2017

今月の20日(土)より、中国大連市へ視察に行って参りました。大連中日教育文化交流協会との懇談、アカシア祭り、アカシアウォーキング大会にも参加して参りました。

前回の訪問は、2016年5月21日(土)~25(水)。今回も前回に引き続き、視察の主催は、NPO法人日本海国際交流センター。参加名簿を拝見すると、30名を超える多彩な顔ぶれがあり、交流を深めました。

写真は大連シャングリラホテルで開催されたアカシア祭り晩餐会での一コマ。私の隣は、テレビ金沢の営業部長平体氏(元アナウンサー)。

前回の大連訪問を縁に、テレビ局の方を中心とした非公式の大連メディア部会が立ち上がりました。私は、会計人という非メディア人ながら、外見がメディアっぽいという理由から部会への入会が認められました。

「迷惑メールの防止策」<362>

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迷惑メールが携帯やタブレットへ日々頻繁に入ってくる。

自分で着信アドレスを拒否登録しても追いつかない。

ショップへ相談に行っても、店員も半ばあきらめ顔で「侵入は私も防げません」と。

 

迷惑メールの内容はさまざまで滑稽だ。

 

・お金差し上げます。

・当選しました。おめでとう。

・写真送ります。

・貴方に会いたい。

・違反したのでお金を払え。

・しつこい商品P・R

などなど……。

 

防止策を調べて見た。

ポイント1…推測されにくいメールアドレスを使う。

でも変更するには手数がかかり億劫だ。

 

ポイント2…インターネット上へのメールアドレスの公表や見知らぬサイトの会員登録や応募は控える。

 

ポイント3…迷惑メールと思しきメールを受信したら、なるべく開かないよう気を付ける。

開封しても本文中に記載されているURLをクリックしたり、添付ファイルを開かない。

また不審なメールには安易に返信しない。

 

ポイント4…自身でメール設定して指定受信/拒否設定、特定URLメール拒否設定、大量送信者からのメール拒否設定をする。

 

ポイント5…有料で「迷惑メールおまかせブロック」を利用する。

 

ポイント6…それでも受信したらITの会社へ情報提供して、迷惑メール業者に対する利用停止/契約解除などの措置を講じる。

 

 

「おれおれ詐欺」のメール版、あの手この手で迫って来る。

 

どの世界にも悪玉菌がはびこるのは防ぎようがないのか。

 

 

写真…ツツジ(5/7、鞍月セントラルパーク)

ある事業承継セミナーの一コマ 2017

今年の冬はとても寒く、今年は暖かくならないのだろうかと絶望しかけていたところ、このセミナーがあった日、弱弱しい日光ではあったものの穏やかな天候に恵まれました。

穏やかな天候と同様に、セミナーも暖かい雰囲気で進行致しました。テーマは、「事業承継の事例研究 ~ A氏の事例」。落語同様、いつもの十八番でした。写真は、「事業承継計画の立案は、重要でかつ緊急ではない」という説明の箇所です。

「重要度」を縦軸、「緊急度」を横軸にしたマトリックス。当然ではありますが、重要度かつ緊急度が高い仕事は、優先順位が上位となります。この事業承継セミナーをドタキャンした方は、このセミナーを緊急度が低いとみなして、他の仕事を優先したのでしょう(備忘録として、此処で、微かな笑い有りと記録しておこう)。

事業承継計画の立案は、重要度が高く緊急度が低い。相続が起これば、緊急度が高くなるが、経営権も財産権もすぐには承継できません。

経営権とは、人の承継であり、将来の新執行部の陣容もイメージしなければなりません。(此処は大事ですねぇ。現在の執行部の方も引き続き継続する場合、それなりの配慮をする必要があります。)

財産権とは、主に事業用資産の承継であり、他の法定相続人とも調整が必要です。

経営者は多忙です。優先順位をどうするか。事業承継は重要であるとどの経営者も考えています。ただ、緊急度が低い分、後回しとなる。これが事業承継問題の一つの原因と考えています。

「母・静子の父親・森田六三郎の生涯」<361>

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2月頃から3か月間、家系図づくりのため情報を収集してきたが、ほぼ終わった。

直系の先祖を調べるのは簡単だが、傍系にわたると容易ではない。

掲載する氏名は120名にのぼる。

 

4月24日に大宮市で杉田圭三氏(税理士)から一真氏に社長引き継ぎ会が開催されたが、その席で久方ぶりに創造経営の天明茂先生(私と同い歳)に会った。

天明先生の話では、成長する会社の経営者は家系図をつくり先祖に繋がる意識が強いと。

 

「創造経営の行動目標」

1、両親の願いを理解し、祖先の徳を受け継ぎ、家系浄化に取り組み、生きがい・働き甲斐を創造する。

2、変化の本質を見定め次世代のために職場の目標を掲げ、その実現できる人々を育てる。

3、関与先、その取引先の困っている問題解決のために調査研究と自己啓発を行う。

4、生活・職場・地域等のボランティア活動を積極的に行う。

5、職場・家庭生活で明るく俊敏に行動する。

 

~先祖があって今の私がある。~

 

 

私の母・静子の結婚までの家庭環境は、実父である森田六三郎の経歴を見ると分かる。

 

「森田六三郎の経歴」

 

・明治13年7月10日(今から137年前)…能美市岩内で森田六郎右衛門・乃よ の四男として生まれる。

 

・明治39年6月1日…26歳で北市屋甚六・えと(白山市美川町ソ28)と養子縁組し、甚六の長女「つね」(18歳)と結婚。

 

・明治39年7月25日…六三郎と「つね」に長女・「静子」(私の母)が誕生。

 

・大正2年8月7日…静子の母・「つね」が25歳で逝去する。(六三郎33歳、静子7歳の時)

 

・大正3年10月28日…六三郎、北市屋甚六と養子縁組を解消。

 

・大正3年12月31日…34歳で本郷ヨネ(富山市、本郷弥三吉・チエの二女)と再婚。

 

・大正6年8月14日…37歳で離婚(倶利伽羅にて)。

 

・大正8年9月2日…39歳で美川町から能美郡岩内り12番地に分家。

 

・大正8年9月10日…能美郡山上村の神田與四兵衞・りつの三女「ヒナ」と結婚。

 

・大正10年3月24日…長男・「清」が倶利伽羅(河北郡津幡町)で誕生。

 

・昭和2年3月25日…母・静子が21歳で木村喜作(28歳)と結婚。

 

その間、実母「つね」とは7年、継母「ヨネ」と3年、父・六三郎とだけ2年、継母「ヒナ」と8年、ヒナの子「清」と6年の同居だった。

気苦労が多かったことだろう。

 

・昭和2年8月15日…二女・「康子」が高松駅長官舎(河北郡)で誕生。

六三郎は国鉄マンで私の父親・喜作と職場が一緒だったので、父母の結婚に繋がっていると思う。

 

・昭和21年5月14日…66歳で逝去。

(金沢市大乗寺の墓にヒナさん、清さん、養子の外司さんと眠っている。)

 

・その後…長男・清は2年後(昭和23年)に27歳で逝去。

妻・ヒナは32年後(昭和53年)に85歳で逝去。

 

長女・康子さんは健在で現在89歳。

2月6日にお見舞いに行ってきた。

 

 

私は母方の祖父母・北市屋甚六と「えと」の墓参りがこの度の目的の一つだった。

 

兄・昭雄は昭和48年9月に父・喜作(当時74歳)、母・静子(当時67歳)、河北郡内灘町鶴ヶ丘の菊田芳枝さん(甚六・えとの次男由太郎の子)、能美郡岩内の前川田鶴子さん(六三郎の兄・市太郎の長女で母・静子と同い年)と五人で美川町にある墓に30年ぶりにお参りに行っている。

 

昭和5年に北市屋由太郎さん建立の「大心海」と刻まれた墓だそうだ。

その後年に、兄がお参りに行ったが見あたらなかったとのこと。

 

私は今回、美川町の墓地や寺を訪ね歩いたが、やはり見当たらなかった。

 

北市屋の姓が男子の後継ぎが無く断絶したことが原因だ。

 

母・静子の生誕地を訪れて見て、言い様のない郷愁を感じた。

同時に、墓石や菩提寺の大切さも実感した。

今回の先祖探しで、「白山市成町共同墓地」に吉光の後妻・祖母「せ津」の父・中村磯右衛門の墓石を見つけ、また、「せ津」の母・「ふよ」の父・小野三郎兵衞の墓石を見つけたのは感動的だった。

祖父・吉光の先妻・「いへ」の父母・高井忠兵衛・「いさ」の墓石も白山市村井町樋爪の「村井共同墓地」で見つけた。

 

墓石も多く拝見したが、その形はさまざまで先祖の足跡を残すためには法名、俗名、没年月日、没年齢を刻んだら良いと思う。

 

「家系図づくり」の探求心に火がついたが一段落した今はほっとしている。

 

離れ離れになっている子孫の顔合わせも我々親の努めだろう。

 

先祖の記録から繋がりを実感できて有意義だった。

 

役所や寺院をはじめ親族の方々のご協力に感謝申し上げます。

 

 

写真…5/13に、母・静子の母方・祖父母、甚六・「えと」の次男・由太郎と「よね」さんの子供・菊田芳枝さんの墓を訪ねて河北郡内灘町墓地に。

墓石は見つからなかったが可憐な花が迎えてくれた。