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「協会の公益性と認定登録医業経営コンサルタントの公正性が発展の礎」<290>

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「協会の公益性と認定登録医業経営コンサルタントの公正性が発展の礎」<290>(5/25)

 

公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会が本年11月1日に創立満25周年を迎えますこと、心よりお慶び申し上げます。

 

私が役員・特別委員会委員長として関与した15年間の協会事業を回顧しますと。

 

平成12年…「医業経営コンサルタント法人」の資格認定。

平成18年…「情報化認定コンサルタント」の資格認定。

平成21年…会員の実態調査を行い「協会のあり方に関する提言」を答申。

第13回学会金沢大会から学会長を開催地の支部長に。

平成23年3月…選挙にて会長を選任。

東日本大震災が発生し見舞金をお支払いする。

平成24年4月…3年5か月かけて公益社団法人に移行実現。

外部理事を除く理事監事を選挙にて選任。

賛助会員制度。

コンサルタントバッジをリニューアル。

「医業経営実務講座」と「医業経営能力検定」を開始。

本部と支部を一体化。

地区協議会を組織。

平成24年11月…日本病院会堺会長と対談。

平成24年12月…医療機関等における消費税の在り方に関する提言。

平成25年2月…「医療分野の雇用の質向上」及び「持分なし医療法人への移行促進」を目的に厚生労働省より協働を求められる。

事務局を千代田区三番町のホスピタルプラザビルに移転。

平成25年6月…IHF国際病院学会に初参加(ノルウェー)。

平成25年11月…日本医師会横倉会長と対談。

平成26年2月…全国社会保険労務士会連合会と会談。

平成26年3月…日本看護協会と会談。

平成26年6月…日本看護協会が9団体目の外部理事に。

 

むすびに。

 

日本では医師は医療と経営の両面に責任を持たねばならず、外国のように医師が医療に専念できるようにするためには、日本で唯一の公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会が認定する公的資格と言える認定登録医業経営コンサルタントが「医の原点を支える」という理念のもとで、経営面から医療保健介護福祉業界を支えることが必要です。

そのことが会員と協会が発展する礎であると確信します。

 

おわりに。

 

私の議長代理二年と会長三年三か月間をはじめ、協会25年の歴史をお支えいただき、また、協会の創立にご尽力された松田朗元会長、故田中明夫元会長、故川原邦彦元副会長、故山林良夫元副会長、故関隆夫元副会長をはじめ役員会員の皆様に対し深甚なる感謝を申し上げます。

 

 

写真…5/6「フラワーガーデン」。【2015年】

 

新ホームページ&ブログの引っ越しについて

もう間もなく、ホームページが完全リニューアルされます。
税理士法人木村経営ブレーンの情報媒体として生まれ変わります。
お楽しみに!
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また、このシーサーブログから新ホームページの中にブログを新設することとなりました。
ホームページの中にブログがあります。
シーサーさんには2006年からお世話になり感謝しております!

ワインの世界

先日、ソムリエの方からワインの飲み方をご教示頂いた。
グラスの廻し方は、どちらの方向に?
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答えは、大人の作法は「時計の逆回りに」。
なぜか。
万が一、こぼれたとき、自分の方にワインがかかるから。
女性を口説くとき、一言「このワインが出来るまでの時間を遡ろう、君のことも」と言うらしい(笑)
ワイングラスの廻し方、所作に、自利利他の本質を垣間見ました。

「維新のバスに乗り遅れた加賀藩」<289>

「維新のバスに乗り遅れた加賀藩」<289>

 

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金沢経済同友会から「石川県って、こんなとこ」という新装版が出版された。

石川県の歴史、文化、暮らしが100話で構成されている。

その第54話「混迷の幕末、大藩鳴動す」の内容は次の通り。

 

ペリー来航以来、幕末の日本では、尊皇、佐幕(幕府を支持)、攘夷(外敵と戦う)、開国のさまざまな思想が入り乱れ、さらに公武合体論(天皇と幕府が結びつき反幕府勢力を抑える)が台頭してきた。

加賀藩では開国攘夷・佐幕、平たく言うと、開国するにしても幕府を中心として外敵を追い払うべしという意見が多数であった。

こうした中、元治元年(1864)2月、13代藩主 前田斉泰(なりやす)に代わり世子 慶寧(よしやす)が禁裏守護(京都御所の警護)のため上洛することが決定。

幕府は朝廷の命による加賀藩の京都出兵を阻止しようとしたが、慶寧は従わなかった。

加賀藩が幕府の意に逆らったのは、これが初めてのことであった。

そのころ、朝廷をめぐって尊皇攘夷派の長州藩と公武合体派の薩摩・会津・桑名藩が激しく対立していたのである。

慶寧は幕府に対しては、長州藩の要求する内容のうち一つでも許して面目を保つように訴え、長州藩にたいしては朝議に従い撤退するよう忠告した。

しかし、7月17日の朝議により長州藩征伐の命が下ったことから、長州藩は19日に京都御所を攻撃した。

これが「禁門の変」である。

 

万策尽きた慶寧は、疾病を理由に帰国の途についた。

8月11日に慶寧付家老の松平大弐は、責任を取り、慶寧一行を見送った後、宿所の正行院において自刃した。

 

慶寧は金沢に到着したが金沢城に幽居され、加賀藩の尊皇攘夷派は一掃された。

 

その後、斉泰は隠居し、慶寧が最後の藩主となった。

明治元年(1868)正月に起きた鳥羽伏見の戦いで、加賀藩は幕府方として出陣したが、徳川方が敗れたことを知ると、朝敵となることを恐れ、一転して官軍となり北越戦争に出兵した。

 

藩祖・利家以来の「お家大事」の意識が、こうした日和見主義につながり、「維新のバスに乗り遅れた加賀藩」となったのである。

 

加賀藩は歴史の波に翻弄され、明治二年(1869)には「加賀藩」は「金沢藩」と名称が変更され加賀藩の歴史は終焉した。

明治四年(1871)廃藩置県により「金沢藩」は「金沢県」となった。

 

初代県知事の内田政風(薩摩出身の士族)は「金沢県」を「美川県」に変更しようとしたが、政府は石川郡からとった「石川県」とされ「金沢県」には戻らなかったのである。

政府は朝敵や日和見藩には山や川の名や郡名を使い、旧藩時代の名称や城下名を採用しなかったとの説がある。

 

 

写真…ハマナス(5/6鞍月パーク)

ビフォーアフターの世界

事業承継支援は、わたくしのライフワークです。
承継支援の現場にいますと、株式分散は子孫たちを不幸にする場合があります。
相続前に遺言を書いておく。
事前(ビフォー)対策が本当に大切と痛感します。
遺言を書かなければ、法定相続人どおりに分割しなければならなくなります。
種類株式や信託なども活用できますがが、やはり所有は集中した方がいいです。
オーナーが誰か明確でなければ責任を持てないからです。
主な事前対策に贈与があります。
贈与の特徴は贈る方、贈られる方、それぞれの意思が必要です。お互いの思いやり。
一方、事後、相続が起きてしまえば、自動で自社株を含めた財産が相続税を払えば手に入ってしまう。
先代オーナー不在のなかでは、やはり民法上の権利(法定相続分の半分、遺留分)を主張するケースが出てきます。
事前対策がキャッチボールとすれば、事後はドッジボールと言われる所以です。
事前事後(ビフォーアフター)の世界はどこにでもありますが、相続対策は事前(ビフォー)にしておかなければならなければ、家が続かない場合が多いと思います。

「世界のエリートが教えるちょっとした仕事の心がけ」<288>

「世界のエリートが教えるちょっとした仕事の心がけ」<288>

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(5/5)

 

 

昨年9月に冨田亮さんから表題の書籍(発行:マイナビ)をいただいた。

著者は息子の冨田賢さん。

 

賢さんは、1973年生まれで、慶應義塾大学卒業、京都大学大学院修了してから米国系銀行勤務を経て、2008年から経営コンサルタントとして独立。

今までに150社のコンサルティングをした事業提携(アライアンス)の専門家。

南青山に(株)ティーシーコンサルティングのオフィスを持ち、最近の著書に「新規事業立ち上げの教科書」(発行:総合法令出版)がある。

 

氏は、エリート像について次のように述べているので紹介します。

 

1、エリートは人に親切。

 

エリートは総じて、礼儀正しく、人に親切。

会話の正しい表現、公式ではネクタイと背広、食事でのマナーなどは常識。

 

2、相手のことを考えてあげられるかどうか。

 

エリートは、自分が自分がではなく、人のことを考えて、相手の立場になって行動できる人が多い。

メールのやりとりも、相手のことを思っているから、相手はこう受け取ったほうがいいだろうななどと気遣いが出てくる。

日頃の行動はビジネスにすぐ表れる。

 

3、エリートはルールを守る。

 

欧米のエリートたちは、ルールや時間をきっちり守ります。

ズルは品位を損なう。

 

氏はエリートがブレイクスルーできない理由をこう語る。

 

「時間」、「お金」、「人間関係」の三つの束縛から自由になれないから普通の人になってしまう。

それが、努力の方向性の誤りだと。

「日本人は能力の無駄遣いが多い」と指摘する。

 

そして、世界のトップエリートたちは、「当たり前のことを当たり前のようにやる」と。

 

この「当たり前のことを当たり前のようにやる」のが、実は案外難しいことだ。

なぜなら、当たり前のことはなおざりにされやすく、かつ、それを継続していかなければ成果が出ないから。

エリートは、気遣いや心配りを忘れず、小さな心掛けを日頃から地道に実践しているのだ。

 

エリートは決して知識や能力をひけらかしたり、排他的な言動を取らないのだ。

 

氏の良識的で人の本質を見抜くところがすばらしい。

 

私が思うに、自分自身が第三者からエリートと言われて、その気になったとたん成長が止まると思う。

与えられた役割の中で、たまたま自分が生かされているのであって、自分自身はエリートでもなんでもない。

 

エリートは他人のお役に立ったときだけに存在価値があると思うべきだろう。

 

 

写真…ツツジ(4/28、姉妹都市公園)

バースデーカード 2015

誕生日の5月5日(火)、45歳となる。
蛇足ながら、1970年5月5日の曜日を調べると同じ火曜日。
当税理士法人では、誕生日にバースデーカードを朝礼時に頂く。
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そのカードには、社員全員の寄せ書きが入っている。
私への期待やメッセージ、中には褒め言葉が載っている。
朝礼後に、そのカードを4回読み直し、机に座りながら、周囲に誰もいないことを確認し、小さく「ありがとう」と呟いてみる。
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たくさんの人に支えて頂き、節目の45歳を迎える。
感謝して誕生日を過ごしたい。

ファミリービジネスの学習開始

先日、FBAA(ファミリービジネスアドバイザー)資格認定プログラムに参加してきた。
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私たちのお客様は、ほとんどが同族会社(ファミリービジネス)です。
今、承継期のお客様も多く、承継の一助となればと参加を決意したのでした。
(1)志について
同族企業の後継者について、マスコミは批判的であり、世間もネガティブな反応をする。FBAAは、正しい日本的ファミリービジネスの見識を広めることにより、こういうネガティブな意識を変革していくことにこそ意義があると思う。弱みと思っていた地方、同族企業こそが、強みである。私自身も2代目であり、全ての後継者に誇りを持ってほしい。受講して、私の使命、志を確認しました。
(2)日本の同族経営研究が遅れた訳
欧米と日本文化を比較すると、日本は、恥の文化であり、隠匿の美、謙虚さを大切にする。言いふらすこととくに自慢を極端に嫌がる。人に迷惑をかけないという美徳。秘伝のたれのように公開をしなかった。
FBAAの活動を通じて、承継の智恵、いわば知的資産を形にしていきたい。
(3)正解のない世界
ファミリービジネスは、なかなか理論化できない分野であり、人が介在しなければ解決できない。ITやAI(人口知能)では対応できない。正解のない世界である。家族は、心のケアが大事である。配偶者、子供の心はコントロールできない。事業については、財産権のみ民法、税法、会社法のルールがある。つまり、コントロールできる。関係書籍の多さからいっても自明である。
正解のないファミリービジネスの理論化を挑戦しよう。
(4)オーナーの責任
オーナー家には、社会に対する責任がある。地域社会を大事にする。長期的、雇用を守る。社員に機会も与える。社員は、理念や価値観に守られている。
ファミリーの責任という覚悟につき学習できたことは、今後の糧になる。
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(家族がコアとなる。だから家族を大事にしようと誓ったのでした。)

「戦後70年、地域活性化で日本の再生を」<287>

「戦後70年、地域活性化で日本の再生を」<287>

 

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全国44経済同友会が共催する第28回全国経済同友会セミナーは16日~17日の二日間、過去最多となる1,355人が出席し金沢市を会場に開催された。

私もスタッフジャンパーを着て誘導グループ第4分科会担当で運営協力した。

 

人口減少問題の克服や地域社会の持続的な成長に経済人が果たすべき役割などを議論し、地方創生の牽引役となる地域の文化にさらに磨きをかけることを確認した。

 

表題を総合テーマに、初日は近藤誠一前文化庁長官が「21世紀 日本の再生、世界への貢献と地方の役割」と題して基調講演した。

また、四つの分科会が開かれた。

 

第1分科会…「地域社会の持続的な成長に向けて」⇒人材の質高め生産性を向上。

 

第2分科会…「生率UP・日本の次代の担い手をどう育むか」⇒子育て世代が夢持つ環境を。

 

第3分科会…「日本を訪れる外国人旅行者を増やそう」⇒地元が好きが地域活性化の切り札。

 

第4分科会…「日本の精神性・匠に学ぶものづくり」⇒強みを伸ばし競争力高める。

 

懇親パーティでは藩政期、加賀藩前田家の慶事の際に行われたと伝えられる「盆正月」にちなんだ華やかな雰囲気に包まれた。

全国セミナー会期中は、金沢や能登、加賀などを巡る9コースが用意され300名が参加した。

金沢城公園や玉泉院丸庭園には60人が散策した。

 

県内では大型のイベントが開催され、今年度は37万人が見込まれている。

 

二日目の17日は、4分科会の報告のあと長谷川代表幹事が総括した。

氏は人口減少に伴い、企業の生産性向上が不可避だと指摘し、「日本は人材資源をフルに活用して経済成長しないと生き残れない」と述べた。

 

特別講演は「金沢の不思議」と題して作家の村松友視氏が講演した。

 

金沢の魅力について、「影笛」を紹介しながら「歴史が今に息づき、虚実が絡み合って、どこまでフィクションか分からない魅力がある豊穣な街だ」と語った。

 

次回は岡山で開催される。

 

 

写真…桜(4/22鞍月パーク)

地方創生の鍵

はじめに
第28回全国経済同友会セミナーに参加する。
テーマは、「戦後70年。地域活性化で日本の再生を。」
全国44経済同友会の有志が、地方創生の方策を模索した。
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(4月17日金曜日北國新聞朝刊抜粋)
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(4月16日の会場にて)
人材倒産時代の到来
 アベノミクス効果で人手不足の時代に入りました。大手牛丼チェーン店がアルバイト不足を理由に、店舗を閉鎖するなど人材不足による経営悪化のニュースをよく聞くようになりました。医療・福祉分野、建設、そして会計事務所も例外ではありません。冨山和彦氏は、講演中、今後20~30年この状態が継続すると喝破しました。
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(キレっキレっの冨山氏。著書「ビックチャンス」を拝読し、この人凄いと改めて思う。。。)
地方の時代待望論
 以前は、就職難でした。地方の若者は、首都圏に職を求めていった。間違いなく首都圏主導型の経済でした。ところが、アベノミクスで採用難となり、地方の時代となった。こうパネラーの一人であるアイリスオオヤマの創業者は語り、その瞬間、会場は異様な熱気に包まれる。
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(アツい大山氏)
 そうだ、地方の時代だ。暮らしや子育て、ワークライフバランスを実現できる豊かな生活は地方、田舎でこそできる。こうした主張を若い人に伝えるべきだ。
 例えば、東京に住む年収500万円の暮らしと同じ年収の地方での暮らしは、通勤や家賃、食費、子育てなどを考えると、地方の方が都会に比して感覚的に倍以上お得であると言える。都会の憧憬を持つ若者に訴えたい。豊かな暮らしは地方、里山、田舎にこそあると。
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(冨山氏のパワポ)
 
 地域活性化は、地方で生を受けたわれわれが生まれ故郷に尽くしていくという意識変革にあるなと感じ、会場を後にしたのでした。