新年明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い申し上げます。
1月5日(月)、創業の地である白山市の金剣宮で参拝いたしました。
8時からの参拝で清々しい気持ちとなりました。
今年も皆で二拝二拍手一礼をし、心ひとつにしていこうと決意しました。
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末筆ながら、皆様がいつまでもお元気でありますように、心から祈念しております。
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「年 男」<276>
「年 男」<276>
(1/5)

皆様、明けましておめでとうございます。
今年の干支は未年(ひつじ年)。
私は6回目の「年男」を迎えます。
総務省は「ひつじ年」生まれの人口について、元日1月1日現在の推計をまとめました。
それによりますと、「ひつじ年」生まれの人は男性488万人、女性は519万人の合わせて1007万人で、日本の人口1億2702万人に占める割合は7.9%となっています。
「ひつじ年」生まれで最も多いのは48歳となる昭和42年生まれで188万人、次いで72歳となる昭和18年生まれが164万人となっています。
また、昭和54年生まれが160万人、昭和30年生まれが158万人、平成3年生まれが124万人、平成15年生まれが111万人、昭和6年生まれが90万人、96歳となる大正8年生まれが12万人となっています。
一方、十二支の中で最も人口が多いのは「うし年」生まれで1122万人、逆に最も少ないのは「とり年」生まれの961万人で、「ひつじ年」生まれは9番目となっています。
「ひつじ年」の著名人・有名人としては…
福沢諭吉、坂本龍馬、勝海舟といった幕末に活躍された方、そしてビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、高倉健さん、スポーツ界ではプロレスのアントニオ猪木さん、デストロイヤーさん、相撲横綱の千代の富士さんがいます。
他に24歳になる浅田真央、石川遼、高橋みなみ、前田敦子、高畑充希。
(私が24歳の時は税理士試験勉強開始)
36歳になる仲間由紀恵、堂本光一、堂本剛、ともさかりえ、国仲涼子、押切もえ、小林麻耶。
(私が36歳の時は税理士事務所を白山市から金沢市に移して2年目)
48歳になる織田裕二、中山秀征、原田知世、坂本冬美、堀ちえみ。
(私が48歳の時は北陸税理士会金沢支部副支部長2年目)
60歳の還暦になる明石家さんま、郷ひろみ、松山千春、竹内まりや。
(私が60歳の時は北陸税理士会会長2年目)
私と同い年の方。
北大路欣也、樹木希林、大前研一、加藤茶、橋幸夫、関口宏、田村正和、加賀まりこ、加藤登紀子、飯塚真玄(TKC会長)
米長邦雄(元日本将棋連盟会長・永世棋聖、享年69…昭和60年に木村経営ブレーンの10周年記念式典で講演していただいた。)
尾崎紀世彦(享年69)、ジョージ=ハリスン(ビートルズ、享年58)がいます。
「ひつじ年」の運勢と性格を運勢では…
人情味のある温かみを感じさせる人。
芯が強く負けず嫌いの頑張り屋。
羊がいつも群れで行動するように、単独で行う労働より、組織の中に居る方が安心して個性を発揮できます。
(そうありたい。)
所属団体から年男として「今年の抱負」を求められたので次のように返答しました。
北陸税理士会…「人生、下り坂サイコーをモットーに。」
TKC北陸会…「健康第一で自分を楽しみます。」
当社の「曼陀羅」シート…「遊魚動緑、着眼大局・着手小局」
2015年の運勢は…。
2015年から2019年まで穏やかに運気が上昇していきますので、充実した運気の波に乗せていくには、2015年と2018年の2年は忍耐が最も重要です。
(そのように心がけます。)
皆様、本年もよろしくお願いいたします。
写真…門松「利家とまつ」(1/2ホテル日航金沢
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2015年 新春のご挨拶(1)
はじめに~新幹線が春をつれてやってくる
新年明けましておめでとうございます。
北陸新幹線の開業が春の到来と同じ時期であり、例年よりも「春よ、早く来い」と強く思っております。
先日、お客様から、メインバンクである地銀が事業承継の提案をしてきたと電話で教えて頂きました。
創業以来顧問をしている会計事務所にとっては痛恨の極みです。
急いで、アポをとりお客様の元へ駆け付けると、眼前に首都圏の会計事務所とタッグを組んだ事業承継の提案書がありました。
綺麗なパワーポイントの資料を見て、事業承継について考えてみました。
事業承継を山登りに例えると
山登りに例えると、事業承継とは、下山する先達者と登山する未熟な後継者の調和と言えます。
二人とも頂点を目指し登山する場合、承継は滞るような気がします。
社長は、一旦、上った山を必ず下りなければなりません。
ずっと山頂にいる時、自力で山を下りられなくなる場合もあります。
その時は、誰かの助けを呼ばなければなりません。
例えば、ヘリコプターを山頂に呼ぶなど、かなりドラスティックでかつ限定的な手段しか残されていません。
メインバンク×首都圏の会計事務所の提案書は、まさにこのヘリコプターのような緊急手段のやり方でした。
具体的には、ホールディングカンパニーを用いた手法です。
できれば、自力で下山したいですよね。
(続)
2014年 年末ご挨拶
「税理士個人開業の40年を回顧」<275>
「税理士個人開業の40年を回顧」<275>
(12/25)

今年もあと一週間と押しつまってまいりました。
21日にTKC石川県支部主催の月例会で「TKC、税理士会と歩んだ40年」と題して講演させていただきました。
また、その後のファミリー忘年会にも参加しました。
私の方からお願いして高岡市の高田照久先生もゲストとして出席していただく。
一年を締めくくり、講演の内容に合わせて税理士個人開業の40年を回顧してみます。
〇、本年9月30日をもって税理士事務所から税理士法人に移行。
昭和49年2月20日に北陸税理士会に登録し、昭和50年6月1日に税理士事務所を個人開業してから40年の歴史にピリオドを打った。
〇、昭和51年12月にTKC全国会へ入会。
その後、TKC北陸会の企業防衛制度委員長、研修所長、総務規律委員長を経験させていただく。
一番の思い出は、石川県の企業防衛制度3兆円目標を全国で初めて達成し、飯塚毅初代会長から個人実印の感謝状をいただいたことである。
それを契機に中央では近畿会企業防衛制度委員長、中央研修所の研修試験委員長を務めた。
また、カセット「差別化時代の会計事務所戦略」(昭和58年)、冊子「参謀型MASのすすめ」(昭和61年)を発行していただき、全国各地へ二巡ほど講師として出向いた。
その際に、多くの友人と出会ったのは大切な財産である。
飯塚毅初代会長から教えていただいた「動中の禪は、静中の禪に優る」は心にしみている。
〇、北陸税理士会では、昭和54年6月に36歳で金沢支部制度部委員に就任したのが初めて。
その後、金沢支部の常任幹事、副支部長、支部長を経て石川県支部連絡協議会会長、石川県税理士協同組合理事長、北陸税理士政治連盟石川県支部長、北陸税理士会専務理事を務める。
そして平成13年6月に24年ぶりとなる選挙により第18代北陸税理士会会長に選任された。
会長として平成13年の税理士法改正にともなう制度改革など3期6年で218項目の改革改善を行った。
平成18年4月には北陸税理士会設立50周年記念事業として韓国中国を視察し、北陸税理士会の電子申告率全国一の基礎を築いた。
日本税理士会連合会では副会長として情報システム委員会(電子申告認証局の設置)、綱紀監察部、日本税理士国民年金基金理事長などを担当した。
〇、日本医業経営コンサルタント協会での経歴はブログ「遊魚動緑」NO.269(10/25)を参照ください。
本年6月19日の定期総会をもって70歳定年で会長を退任した。
一番の思い出は何と言っても役員の選挙制度への変更と平成24年4月1日付けの公益社団法人への移行である。
それまでは、会長は厚生労働省からの天下りだったが、時に民主党政権(平成21年9月~平成24年12月)で天下りが批判の的になっていた。
そして公益社団法人化を機会に会長・副会長・外部理事を除く理事・監事を選挙で選ぶ制度改革を行った。
また、公益社団法人移行は三年五か月の準備期間を経て実現した。
初代代表理事就任。
周りの協会を見る目がガラリと変わった。
厚生労働省の担当部署も経済課から指導課に変わり、九団体目となる日本看護協会から外部理事に入っていただいた。
本部事務局も東日本橋から日本病院会が所有する三番町の「ホスピタルプラザビル」に移転した。
〇、国税審議会では、平成19年12月に懲戒審査委員を拝命し、平成25年1月には麻生太郎財務大臣の辞令で税理士分科会委員を拝命した。
そして平成26年12月24日の懲戒審査会議が最後に、平成27年1月5日付けで7年間の任期満了となる。
一番の思い出は、税理士の名義貸し行為が税理士業界を蝕むとの発言を重ね、平成26年3月の税理士法改正では「非税理士への名義貸しの禁止」が法律に明記された。
平成24月6月以降今までで名義貸し違反は約50件に上る。
今後の課題は税理士法人のコンプライアンスである。
〇、金沢経済同友会は平成10年6月に入会してから16年、平成24年3月より監事を務めている。
平成23年に台湾の八田與一記念公園竣工式典、平成24には日米交流桜植樹百周年=ワシントン全米さくらまつりに参加しました。
〇、その他、金沢大学の講師と北陸大学の客員教授も節目を感じて本年辞任した。
また、今年は金沢市長選挙と衆議院選挙もあった。
12月に北陸税理士政治連盟の「税理士による岡田直樹後援会」の会長を覚本雅夫先生から私に引き継ぐ総会決議がされた。
岡田直樹先生の改選(参議院6年任期)は平成28年7月25日である。
本年は変化の多い年でしたが、元気で越年できることを幸せに思う。
皆様、良いお年をお迎えください。
写真…税理士法人木村経営ブレーンの二階「木啓庵」庭園(12/25朝写す)
辞令交付
「妻を迎えて赤門・母の隠居で成巽閣、十三代斉泰」<274>
「妻を迎えて赤門・母の隠居で成巽閣、十三代斉泰」<274>
(12/15)

12月5日、飯田橋のメトロポリタン・エドモンドホテルで公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会の主催で私の前会長慰労会が催され、現役員と退任役員、事務局の方々が出席していただき盛り上げていただいた。
12月12日に金沢経済同友会のふるさと塾で「妻を迎えて赤門・母の隠居で成巽閣、十三代斉泰」と題して、東四柳先生の講義を石川護国神社でいただき、その後、「成巽閣(せいそんかく)」を見学した。
「妻を迎えて赤門」とは、十三代前田斉泰(1811~1884)が11代徳川家斉征夷大将軍(1787~1837)の21女「溶姫」(1813~1868)を正室に迎え造ったのが「赤門」(東京大学)である。
赤門には前田家のご紋「梅剣鉢」と徳川家のご紋「三つ葉葵」が残されているようだ。
また、赤門は前田藩主の上屋敷であった10万坪の屋敷に造られた。
他に中屋敷(駒込)6万坪、下屋敷(板橋)21万坪があった。
「母の隠居で成巽閣」とは、斉泰の父、十二代藩主斉廣(なりなが1782~1824)の正室「真龍院」(鷹司隆子1787~1870)のために斉泰が造営(1863年)した奥方御殿。
十三代藩主斉泰の実母は真龍院ではなく父・斉廣の側室の子である。
真龍院は、前田藩主に嫁いだ初めての公家(京都鷹司家)であり、斉泰や慶寧は真龍院の影響を強く受けたと思われる。
鷹司家の御殿が「辰巳殿」と呼ばれていた事や「辰巳用水」が庭園を流れ、言葉に縁が深く、加えて金沢城より「巽(たつみ)」の方角にある事から「巽御殿(たつみごてん)」と名付けられた。
大政奉還、王政復古を経た明治7年に斉泰は今日の「成巽閣」という名に改めた。
激動の幕末、前田家において京都、朝廷との関係に真龍院が果たした役割は計り知れないものがあった。
「十三代藩主前田斉泰(なりやす1811~1884)」
前田斉廣の側室から嫡男として生まれる。
45年間にわたり藩主を務める。
5代藩主前田綱紀が78年間藩主をつとめたので二人で加賀藩(1583利家入城~1871廃藩置県、14代慶寧)288年間のうち約半分の123年間つとめたことになる。
斉泰は藩政の面で目立った実績はないが、地域密着型の人物で、能楽な和歌を愛し加賀藩の伝統を引き継ぐ重要な役割を果たした。
また、斉泰が国元に戻った際、金沢近郊でタカ狩りを楽しみ、神社仏閣の参拝によく出向き、藩校にも顔を出していた。
1853年には異国船に対する海岸防備のための視察で能登全域の海岸線を見て回った「能登巡見」がある。
斉泰の時代に起きた事件。
1852年…銭屋五兵衛が捕まる。
1854年…洋式兵学校「壮猶館」が設立。
1858年…金沢大地震。
1859年…コレラ大流行。
1864年…「禁門の変」が起こった際、慶寧が無断で京を出る。
加賀藩の尊皇派が処罰される。
講演後に「成巽閣」を見学する。
「謁見の間」には古いインド製絨毯、欄間は檜の一枚板に花鳥を透かし彫りし極彩色の岩絵具で彩られたもの。
「亀の間」には、障子腰板の亀の絵があり床の間より一枚毎に数が増えている。
「松の間」の書院障子の腰板にはオランダ渡来の硝子絵が嵌め込まれている。
また、柱の無い長さ20メートルの縁側は2メートル間隔に組み入れた松材が梃子の原理で屋根を支えている。
階上の「群青の間」の群青(ウルトラマリンブルー)は鮮やかだ。
写真…フィンランド・クリスマスツリー(12/13ホテル日航金沢)
老・壮・青のバランス
先日、北國総研ビジネス情報懇話会で、元日経トレンディ編集長北村森氏の話を聴く。
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(講師席にて、講師と一緒に昼食を頂く。石川県は十分ブランドがあり、ユルキャラなど必要ないなど談笑する。)
北村氏の話の中で、高松丸亀町商店街の再生成功のエピソードが抜群に面白かった。
再生する時に土地を全員から召し上げた。いわゆるテナントミックスを実施した。土地は定期借地を活用して適材適所の店を設計し、自分の土地の上にどんな店が建つのか、最初は分からない。
丸亀町商店街のケースで学べることはシステムではなく、どうやって進めていったのか。「1度決めたことを後から文句を言わない。その1点だ」と言う。文句を言う人は、常務会から外れてもらった。ただ、その人は地権者であり商業者でもあるので、土地を差し出さないと言い出しかねない。それを説得しに行くのが、長老。
長老は、出しゃばらず、次世代の人たちをバックアップする。壮年はとにかくよく働く。青年は年長者を敬う。世代間の役割がしっかりしていて、老・壮・青のバランスが良い。
商店街の奇跡の再生には、こういうプロセスが大事であることを学ぶ。
(2014年12月12日付け 北國新聞朝刊記事)
「質問掲示板に応える」完成
今年のイベントの一つ、MMPGの税制会計研究会の企画が完了しました。
MMPGとは、医療福祉介護特化会計事務所の集団です。
そして、M-LASという会員で共有する動画も完成しました。
「医療機器の特別償却、税額控除」の説明で痛恨のミスを喫す。
過酸化水素低温プラズマ滅菌装置(1580万円)が特別償却の対象となるか否かの説明の際、減菌を「げんきん」と説明したのだった。「めっきん」と言うところをなんとも情けない。再度、説明したときは、「めっきん」と言っていたらしいが。。。
答えは、いずれの制度の特別償却も使えない。
減価償却資産として、耐用年数4年で減価償却します。
講師を務めた後、読み間違いを仲間から聞かされたのだった。。。
次回からは、更なる注意をしようと誓ったのでした。
2015年は、原点回帰して、税務調査事例を研究する予定です。
「質問掲示板に応える」
A.開業期
・基金拠出型医療法人の設立時の建物拠出に関する処理方法
・小規模多機能とサービス付き高齢者向け住宅の併設と耐用年数
・基金拠出型法人の法人税申告
B.成長・安定期
・医療機器の特別償却、税額控除
・奨学金、修学金の債務免除の取り扱い
・中小企業等投資促進税制
・医療法人の太陽光発電に係る税制
・社会福祉法人の収益事業会計と雇用促進税制
C.承継期
・医療法人の解散と退職金計上時期
・出資持分放棄に伴う個人出資者の課税
・歯科医師の死亡共済金等の相続税法上の取り扱いについて
D.消費税問題
・歯科自費収入の消費税経過措置
・介護付き有料老人ホームの転貸に係る消費税
・地域密着型サービスの利用料の消費税
・グループホームの耐用年数と消費税の取り扱い
・医療法人で行う有料老人ホームの消費税
「第四回中日韓囲碁親善交流訪問団」<273>
「第四回中日韓囲碁親善交流訪問団」<273>
(12/5)

「金沢国際囲碁交流協会」は平成6年8月に設立以来、本年で設立20周年を迎えた。
私は平成24年5月に理事を拝命している。
これまで、日中で12回、日韓で4回、日台で2回、日越(ベトナム)で2回、日米(ハワイ)、オーストリア、チェコ、シンガポール、ベルギーで各1回、
協会設立前の平成4年に初めて蘇州市を訪れてからの交流は30回を数えている。
そして日中韓3姉妹都市囲碁交流は今回で第4回を数える。
現在、金沢市の姉妹都市はバッファロー(アメリカ)、イルクーツク(ロシア)、全州(ジョンジュ韓国)、ゲント(ドイツ)、蘇州(そしゅう中国)、ポルト・アレグレ(ブラジル)、ナンシー(フランス)の7都市です。
当社、木村経営のすぐ近く駅西新町3丁目に「金沢市姉妹都市公園」があります。
7都市を紹介した造作コーナーがあり見ごたえある公園です。
一度は散策して見てください。
さて、私は「第四回中日韓囲碁事業」に初めて参加させていただきました。
石心主宰の佃優子師範の勧めと神野正昭協会理事長のお世話もあり、随行者として申し込んでありました。
ところが、直前の案内書を見てびっくり、なんと10名の選手の一人にエントリーされているではないか。
びっくりしたが後の祭り、腹をくくって参加させていただく。
参加メンバー(敬称略)
1、中島史雄5段(団長)
2、神野正昭7段(副団長)
3、越仲 稔7段
4、吉村唯之6段
5、高見太郎5段
6、藤田寛治5段
7、石崎孝彦5段
8、木村光雄4段
9、坂野誠昭3段
10、川上信幸(秘書長)3段
21日…13:30小松空港から上海浦東空港へ。
到着後にバスで蘇州市へ移動。
夜に「パンパシフィックホテル蘇州」で「蘇州市人民対外友好協会」、「蘇州体育局」、「蘇州市碁類協会」よりの歓迎会。
歓迎会を中座して大連工業大学の王薇教授と会食する。
前もって訪中のメールをしておいたら、面談することになったもの。
2007年4月に大連工業大学・余学長の通訳で金沢に来られた折りにお会いして以来7年半ぶりである。
私が大連工業大学の客員教授に就任した平成16年1月から10年経っている。
中国での定年は女性は55歳、男性は60歳だそうで、王さんは娘さんの居る深川でビジネスをはじめたいとのことだった。私には力不足なので、心あたりの人を紹介することとした。
22日午前…大阪府池田市と対戦。
池田市は蘇州市と姉妹都市の関係で参加。
金沢市と池田市は初顔合わせ。
私の相手は有光弘和5段。
駄目づまりで形が崩れ10目半負け。
試合ルールは、手合いの段差は考慮せずハンディなしの互戦、持ち時間は1時間で切れ負けとなる。
また、判定は中国でいう「裁判長」が「中国方式」で数える。
池田市の山本英利3段は税理士で、親しくお話しさせていただいた。
先生は世界一周クルーズをして、豊かな余生を楽しんでおられる。
22日午後…蘇州にある重元寺(湖上にある観音閣)を観光し張家港へ移動。
張家港での宴席では、隣席の徐益明5段(囲碁学校の先生)と筆談をしたが、けっこう通じた。
23日午前…韓国全州市と対戦。相手は高善淑4段(女性)。前半は有利にすすんだ積もりが中盤に猛攻を受けて責め合い崩れとなり、中押し負け。
23日午後…張家港から昆山の大唐自然園へ移動し対戦。
昆山市のお相手は、陳工斌3段。
私の大模様に対してじわりと迫られて最後は見損じで中押し負け。
対戦後に分かったのは、陳さんは昆山市碁棋協会主席(会長)だった。
金沢市チームは優勝した昆山市には負けたが、池田市と全州に勝ち準優勝だった。
中国での5段は、日本の7段~8段だという。
いづれにしても、今回の中国での囲碁交流は貴重な体験となった。
この体験を励みに囲碁を楽しみながらも少しは棋力アップしたいと思う。
交流した方に「加賀友禅」のハンカチを差し上げたら喜ばれた。
滞在中に同部屋だった元北国アマ名人の越仲稔さんとは気が合い、楽しく過ごさせていただいたことに感謝します。
また、23日の深夜、二人でメンバーが無くしたカバンを昆山自然園の中を探しまくったのは思い出になることでしょう。
第五回日韓中姉妹都市囲碁交流会は二年後2016年に金沢市で開催される。
写真…北国ジャンボ囲碁団体戦(金沢GOGO倶楽部から参加)の会場・金沢勤労者プラザの紅葉(11/30)
