「木村経営ブレーン」グループの第33回定時株主総会が開催されました。
この規模で株主総会を開催している会社は少ないとは思いますが、お客様の模範会社でありたいという思いで毎年、開催しております。
決算内容、剰余金処分、取締役選任等、株主の方々より承認をいただきました。
(3F会議室に株主が集う)
12月決算から9月決算へと変更した関係上、師走を前に総会が終了しました。
また、昇格昇給もほぼ決定しており、繁忙期を迎える前に重要な社内イベントが完了するのは気分がいいです。
決算月を変更して良かった。
金沢会計人 のすべての投稿
「金沢を歩く-文化のまちづくりを語ろう-」<272>
「金沢を歩く-文化のまちづくりを語ろう-」<272>
(11/25)

10月29日に前金沢市長、山出保氏の講話を聞いた。
表題の「金沢を歩く」は山出氏が本年に出版した本のタイトルである。
昨年は「金沢の気骨」という本を出版している。
以下、山出氏の講話を要約します。
1、山出氏の履歴
1954(昭29)金沢市役所
1990(平2)金沢市長
2003(平15)全国市長会会長
2010(平22)金沢市長退任
2、三人の市長に仕える
徳田与吉郎…1963(昭38)~
岡良一…1972(昭47)~
江川昇…1978(昭53)~
3、金沢世界都市構想…1995(昭7)
まちづくりの基本
土地利用…保存と開発の調和
文化創造…伝統に創造の営み
「伝統とは創意の連なりである」(大岡信)
(1)、伝統文化…芸能、茶道、工芸、食(菓子,料理)
(2)、新文化…音楽、演劇、現代美術
4、任期中にできたこと
(1)、重伝建地区の選定…ひがし、主計町、卯辰山麓、寺町台~職人大学校
(2)、21世紀美術館、金沢駅東口広場、鈴木大拙館
(3)、ユネスコのクラフト創造都市登録
クラフトの国指定6種…加賀友禅、九谷焼、金沢仏壇、金沢箔、金沢漆器、金沢繍
クラフトの金沢市指定…大樋焼ほか17種
(4)、横河電機、コマツの立地
5、任期中にできなかったこと
(1)、隣接市町との合併
(2)、城下町金沢の文化遺産群と文化的景観の世界遺産登録
金沢は前田利家が1583年4月28日に入城して以来、加賀藩政を14代280年間にわたり治めた。
また、明治以降150年は第2次世界大戦の被害もなく、あわせて430年間は争いがなく文化が根ざした。
6、引き続きのテーマ
(1)、後継者育成を個別具体的に…芸能、工芸、食
(2)、景観施策…文学的景観の保全
「11/20金沢経済同友会での水野一郎氏の話」
地理・地形…二本の川(犀川、浅野川)
歴史的重層性…バウムクーヘン
都市構造…城下町
建築混在併存…モザイク状
(3)、公共交通のあり方…マイカーから公共交通への転換…市民の合意形成
(4)、地方分権…自立の気概を
7、北陸新幹線金沢開業を契機に
(1)、視座を世界に…個性と魅力を磨く…ハイクオリティ、「本もの」へのこだわり
(2)、外部資本による環境破壊に
(3)、人口減少時代のまちっくり…まちなかを凝縮、コミュニティの再生も
8、「金沢らしさ」とは何か
親しみ
癒し
こだわり
思いやり
講話後に「企業市民の集い」のレセプションで、乾杯後に山出前市長と目が合い会釈をしたら、山出氏から真っ先にいつもの笑顔で私の方まで来られ長い握手をしていただいた。
私が北陸税理士会の役職をしていたころにお会いしていたが、覚えていただいていて光栄であった。
写真…カンツバキ(11/20鞍月パーク)
MMPG税制会計研究会企画 「質問掲示板に答える」
来週、医療福祉介護特化会計事務所の集団であるMMPGの税制会計研究会の企画があります。
「質問掲示板に応える」
われわれ研究員は、全国の会員から、日々の質問に答えています。
疑義のある質問を選りすぐり、開業期、安定期、承継期に分けて、研修会を行います。
141127_【案内】税制研修会.pdf
研修会講師は6年目ですが、いつも緊張します。現在、菊地会長や林室長や和栗研究員など同志のアドバイスを受け、レジェメの最終チェック中です。
情熱型タイプは、冷静に話す方が良いとのアドバイスを受け、当日は落ち着いてゆっくり話そうと思います。
保険提案を考える
先日、保険提案を真っ向から考える機会を頂いた。
(第43回 企業防衛制度推進委員会 研修小委員会)
理想の標準保障額とは何だろうか。
生命保険の商品が死亡リスクにだけ対応する時代は、経営者への説明が楽であった。
商品の種類が少ないと覚えることが楽だからだ。
今や、生存リスクに対応する商品がある。
こうして、適切なアレンジ組成に我々の頭脳(ブレーン)が必要となったのである。
死亡リスクと生存リスクもすべて充足するような夢の標準保障額は、天国の保障と引き換えに地獄のような保険料を負担しなければならない。
保険種類が多様化した中、死亡も生存もすべてのリスクに対応すると、多額の保険料がかかり現実的ではない。
可能原資という視点で理想と現実の間を我々ブレーンが提案していくのである。
会社が毎月、いくら保険料を払えるのか。この問いから必ず出発しなければならない。
有限な経営資源であるお金を有効活用するため、保証の黄金比を考える必要がある。死亡と生存の最適なポートフォリオを業種、業態、経営資源の状態を勘案し、アレンジしていく。現実的な保険料でシュミレーションしていく。
「大名行列ルートは新幹線ルート」<271>
「大名行列ルートは新幹線ルート」<271>
(11/15)

金沢経済同友会の「ふるさと塾」は本年度、「加賀藩が残したもの」をテーマに三回の開催が予定され、第一回は表題の演題で金沢学院大教授の東四柳史明氏からの講義を10月17日に聴講した。
北陸新幹線の開通が、戦後70年、東海道新幹線開通50年後にあたる2015年、いよいよ4か月後に迫っている。
金沢~東京間が2時間28分で結ばれるが、150年前の「参勤交代」の時代は加賀~江戸を12泊13日かけていた。
慶長7年(1602)前田利長が母・芳春院(まつ)を人質としていた見舞いと家康の孫である珠姫が利常に輿入れしたお礼のために参勤し、その翌年から大名の江戸参勤が広く行われるようになり、1635年、「武家諸法度」の制度化につながった。
藩主、前田光高は寛永20年(1643年)長男の犬千代(のちの綱紀)が誕生するが、この報せを聞いた直後の参勤で、120里をわずか6泊7日で歩いたスピード記録を持つ。
四月に江戸に向かい、翌年六月に帰国するのが年中行事だった。
距離にして480キロ(120里)を北國下街道~中山道を181回、北國上街道~美濃路・東海道を5回辿っての大名行列である。
そのルートはおおむね新幹線ルートに沿っている。
「参勤交代」は加賀藩3代藩主・前田利常の時代の寛永12年(1635年)に徳川幕府が定めた「武家諸法度」により始まり、奥方を江戸に置かなくても良くなった文久2年(1862年)までの230年程続いた。
「参勤交代」は、江戸幕府が大名統制のため、諸大名を一定期間、江戸に住まわせた制度。
原則として大名を一年交替で江戸と国もとに住まわせ、その妻子は江戸に常住させた。
これによって大名は人質のような形となり、国もとと江戸を往来する費用の負担が大きく経済力も弱められた。
参勤交代が行われた期間は、寛永16年(1639年)に4代藩主前田光高(6年間藩主)、天保2年(1645年)に5代藩主前田綱紀(78年間藩主)、続いて吉徳、宗辰、重熈、重靖、重教、治脩、斉広、13代・斉泰(1866没)の藩主が参勤交代を勤めたことになり、通算190回(参勤が93回、交代が97回)にもなる。
参勤交代には2000人~4000人の人数とお金5~7億円を要し藩の財政を圧迫した。
私が生まれた新潟県の南端で富山県との境にある「市振(いちぶり)」は親不知子不知(おやしらずこしらず)の難所の次にあり徳川幕府の関所が置かれていた場所である。
また、新潟県の宿場に「二本木」があるが、私が少年期に過ごした場所でもあり、昔、大名行列が通ったと思うと感慨ひとしおである。
写真…鞍月パーク(11/6)
3社合同 第三回提案力コンテスト
「田尻悠人四段、荒木眞子三段より指導碁」<270>
「田尻悠人四段、荒木眞子三段より指導碁」<270>
(11/5)

田尻悠人棋士は石川県金沢市出身で23歳。
15歳で石川県出身者として36年ぶりに棋士採用試験に合格し入段を果たす。
8年前の入段祝賀パーティーで私は挨拶したことを覚えている。
今は日本棋院東京本院所属の四段として活躍中で石川県出身の若手棋士として期待されている。
石川県出身の棋士には、白江治彦八段…小松市(退役,76歳)、本田邦久九段…金沢市(69)、橋本雄二郎九段…金沢市(59)、高林拓二六段…金沢市(72)、大窪一玄九段…小松市(退役,85)、山崎吉廣九段(66)、伊藤加代子二段(77)がいる。
私が指導碁を受けたプロ棋士は。
滝口政季九段、51歳(指導年月、H20.6~)
佃亜紀子五段、42歳(H20.12~)…佃優子師範の妹。
本田邦久九段、69歳(H22.4)
羽根直樹九段、38歳(H22.10)
井山裕太四冠(本因坊・天元・碁聖・十段)25歳、(指導年月H24.9)…現在、七大タイトルのうち棋聖・名人・本因坊・王座・天元・碁聖の六冠を保持している。十段は高尾紳路九段(奥様は金沢市出身)、38歳。
謝依旻女流名人・女流棋聖、台湾生まれ25歳(H26.5)
の八棋士になる。
8月11日に「白山クラブ」の席主師範である高林共平先生のお図らいで田尻悠人四段との指導碁を碁会所「白山クラブ」でさせていただく。
その五子局を北國アマ名人(名人位通算28回)の神野正昭さんの解説で10月6日から北國新聞夕刊で5回にわたり連載されましたので掲載させていただきます。
いつもながら非力を思い知らされた一局でありました。
荒木眞子三段(昭和61年入段、49歳)は奈良県出身の関西棋院所属です。
10月11日に関西棋院の普及事業で来られた機会に佃優子「石心」席主師範のお図らいでご指導いただく。
その五子局の棋譜もアップします。
写真…コリウス(10/21鞍月パーク)
「田尻悠人四段、荒木眞子三段より指導碁」<270>
「田尻悠人四段、荒木眞子三段より指導碁」<270>
(11/5)

田尻悠人棋士は石川県金沢市出身で23歳。
15歳で石川県出身者として36年ぶりに棋士採用試験に合格し入段を果たす。
8年前の入段祝賀パーティーで私は挨拶したことを覚えている。
今は日本棋院東京本院所属の四段として活躍中で石川県出身の若手棋士として期待されている。
石川県出身の棋士には、白江治彦八段…小松市(退役,76歳)、本田邦久九段…金沢市(69)、橋本雄二郎九段…金沢市(59)、高林拓二六段…金沢市(72)、大窪一玄九段…小松市(退役,85)、山崎吉廣九段(66)、伊藤加代子二段(77)がいる。
私が指導碁を受けたプロ棋士は。
滝口政季九段、51歳(指導年月、H20.6~)
佃亜紀子五段、42歳(H20.12~)…佃優子師範の妹。
本田邦久九段、69歳(H22.4)
羽根直樹九段、38歳(H22.10)
井山裕太四冠(本因坊・天元・碁聖・十段)25歳、(指導年月H24.9)…現在、七大タイトルのうち棋聖・名人・本因坊・王座・天元・碁聖の六冠を保持している。十段は高尾紳路九段(奥様は金沢市出身)、38歳。
謝依旻女流名人・女流棋聖、台湾生まれ25歳(H26.5)
の八棋士になる。
8月11日に「白山クラブ」の席主師範である高林共平先生のお図らいで田尻悠人四段との指導碁を碁会所「白山クラブ」でさせていただく。
その五子局を北國アマ名人(名人位通算28回)の神野正昭さんの解説で10月6日から北國新聞夕刊で5回にわたり連載されましたので掲載させていただきます。
いつもながら非力を思い知らされた一局でありました。
荒木眞子三段(昭和61年入段、49歳)は奈良県出身の関西棋院所属です。
10月11日に関西棋院の普及事業で来られた機会に佃優子「石心」席主師範のお図らいでご指導いただく。
その五子局の棋譜もアップします。
写真…コリウス(10/21鞍月パーク)
