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「映画▪不撓不屈を観賞」<615>

 

                                             6/3、ホテル金沢でTKC北陸たけし会が主催した「不撓不屈」の映画を18年ぶりに再観賞し感涙する。

 

滝田栄と松坂慶子の夫婦役演技が素晴らしい。

この映画はTKC全国会を創設した飯塚毅初代会長の1963年に勃発した「飯塚事件」をもとに2006年に映画化されたものである。

 

私が税理士事務所を開業して31年目(63歳)に観賞しているが、18年経過して感動が生々しく甦った。

人間に信念がいかに大切かを思い知らされる映画だ。

 

懇親会で冒頭指名されたので、飯塚毅初代会長の思い出をお話しした。

 

まず、映画にも出てくる長男の飯塚真玄(まさはる)氏とは私と誕生日が11日違う同年で、会うたびに声をかけていただいている。

以前、金沢に来られた秋季大学の挨拶の中で、私と長男岳二(実行委員長だったか)を引き合いに出していただき光栄でした。

お互い、同じ時代を生きて気脈が通じる思いです。

映画をあらためて見て、真玄氏も飯塚事件でご苦労されたんだなと思い知らされました。

 

飯塚毅初代会長との思い出は、1982年10月(41年前)にTKC北陸会が近畿会から分離独立したときに司会を仰せつかったが、そのときにご指導いただいたお言葉である。

当時、TKC出版部の高橋社長から促されて投稿し記念誌「激流に遡る」に掲載されています。

表題は「動中の禅は、静中の禅に優る」で、意味合いは「静かに座禅を組むのも良いが、社会貢献や生活の動きの中で瞑想する方が優るんだよ」

 

参加者の皆さんと一緒に、信念の凄さについて考えたひとときでした。

 

(写真)

案内書、映画あらまし、参加者、たけし会会長の能登宏和先生と。

 

「金沢国際囲碁交流協会の解散と引き継ぎ」<614>

 

5月26日、金沢国際囲碁交流協会の設立30周年総会と記念大会がKKRホテル金沢で開催された。

この総会をもって当協会の事業は新しく発足した石川県囲碁協会の国際交流部に引き継がれる。

公開記念対局は寺田柊汰三段と鈴木紀之北國アマ名人の対局、解説は田尻悠人五段、聞き手は佃優子アマ六段。

ルール、各持ち時間30分で切れ負け。

時間切れ寸前に攻め合いとなり1手違いで寺田三段の勝ちとなる。

その後の指導碁で田尻悠人五段から四子局で指導いただく。

田尻先生から「盤面で10目ほど足りません、強くなられましたね」と褒められ、有り難く記念品をいただく。

懇親会で副会長最後のお手伝いとして乾杯の音頭をとらせていただいた。

 

丁度、大の里が初幕内優勝を果たした直後でした。

 

前日の25日には石心で「世代間交流囲碁大会」があり、準優勝だった。

3回戦は佃亜紀子六段の指導碁となり、四子局で負けて優勝出来なかった。

分断と死活に気を付けて、辛抱強く大きく攻めるようにしなければならない。

 

囲碁はボケ防止のため永く続けてゆきたい。

 

 

(写真)

1、26日▪金沢国際囲碁交流協会総会(4枚)

3枚目、田尻悠人五段との指導碁。

2、25日▪世代間交流囲碁大会(2枚)

「北陸税理士会が直面する課題」<613>

5/14日、北陸税理士会の顧問会が開催された。

年2回の開催だが、毎回時代の変化を感じる。

 

議題1、令和6年能登半島地震に対する取り組み。

 

▪1/2、災害対策本部の設置

▪現地視察

▪安否確認

▪能登半島地震被災者支援相談会を実施

▪義援金1004万円を石川・富山の会員へ被災に応じて送金

▪日税連から約1億6千万円の支援金をいただき、被災者に3万円の見舞金を、残りは特別会計で配分を検討する。

 

会員1‚460名に対しアンケートし、回答のあった725名の被害結果。

 

▪事務所

重症以上 七尾で職員1名

軽傷 輪島1名

全壊 七尾1名

中規模半壊 輪島1名

準半壊 石川県6名

一部損壊 石川県61名、富山県11名

 

▪自宅

全壊 1名

大規模半壊 石川県3名、富山県1名

半壊  石川県6名

準半壊 石川県4名

一部損壊 石川県48名、福井県1名、富山県18名

 

▪事務所器具備品

全壊 石川県13名、富山県3名

一部損壊 石川県48名、福井県2名、富山県14名

 

▪自宅家財

全壊 石川県7名、富山県3名

一部損壊 石川県45名、福井県1名、富山県12名

 

▪事務所車両

一部損壊 石川県4名

 

議題2、令和6年度重点施策

1、能登半島地震支援

2、中小企業支援

3、税制改正建議

4、非税理士行為排除

5、税理士業務のデジタル化

6、大学への寄附講座

7、インボイス制度の周知

8、会務運営のDX化

9、電子申告やキャッシュレスの普及

10、税務支援

11、書面添付の普及

12、対内対外広報

13、公益的業務への参画

14、個人情報とマイナンバーの運用

 

提案事項

北陸税理士データ通信協同組合の設立

 

瀬戸順一会長はじめ執行部のご苦労に対し、感謝申し上げます。

 

 

(写真)

1、近所の砂細工。

「半寿のこと」<612>

富田喜久雄先生(高岡市の整形外科医師)のFB(フェイスブック)を折に触れ拝見している。

5月3日の投稿は綿貫民輔元衆議院議長の著書を読んでの投稿です。

 

「半」の字を分解すると漢数字の「八十一」となる訳で、「半寿」は人生のまだ半分しかなりません。

先ずは、私も目指します。

御本人は97歳❗(現在の綿貫民輔先生ご年齢)ですが、まだ半分ちょつとなんですね~。

 

81歳になる私は、思わず「丁度、私も半寿となりました。」とコメントさせていただいた。

そして、富田先生からもご返信いただく。

 

綿貫民輔先生のことは、親しくさせて頂いていた高岡市の税理士高田照久先生が綿貫先生の秘書をされていたことから身近に感じます。

 

高田先生は昨年5月に他界され寂しい思いをしていたが、思い出がよみがえった。

 

綿貫先生は、1927年富山県の現・南砺市に生まれ、生家は代々、井波八幡宮の宮司を務めており、自身も15代目にあたる神職である。

 

慶應義塾大学を卒業後、1953年、現・トナミ運輸に入社後、28歳で社長になり、1959年に富山県議会議員に当選、1969年に衆議院議員に当選し、13期に渡って議員を努め2009年(81歳)に落選し政界を引退した。

 

高田照久先生が他界される数年前に私を井波八幡宮や大牧温泉に案内してくれたことが思い出される。

 

(写真)

1、富田喜久雄先生のフェイスブック投稿記事。

2、春の花々。

 

 

 

「企業価値の向上へCFOの責務は」<611>

企業で最高財務責任者(CFO)が果たす役割が重くなっている。

経理や財務だけではなく、会社全体の経営戦略の担い手として責務を負う。

資本市場に向き合い、経営者とともに持続的に企業価値を高める姿勢が求められる。

経理の専門家という印象は変わりつつある。

最高経営責任者(CEO)が掲げるビジョンを踏まえ、戦略的に成長を目指す事業の構築や資本政策、M&A(合併・買収)までCFOが関わる判断は経営そのものといっていい。

米国企業の経営ではCFOをCEOや最高執行責任者(COO)とならべて「Cスイート」と呼び、主要な経営陣とみなす。

CEOがCFOを直属の部下とみなすような縦型の構図とは異なる。

日本でもCFO経験者が経営トップに就任する企業が相次いでいることは注目に値する。

ソニーグループの社長も2代続けてCFO出身者がつとめる。

 

将来にわたり現金収入を増やし続ける経営こそ、株主から長期に評価され、企業価値が上がる。

 

環境対応や人的資本など非財務分野も企業価値に関わってくる。

 

一連の取り組みを明確に伝える投資家向け広報(IR)は重要度を増す。

市場の声に耳を傾け、経営判断に生かさねばならない。

 

効率ばかりに目を奪われ設備や技術の将来投資、M&Aを渋れば、企業は力を落としてしまう。

 

優れたCFOは企業の成長力のカギだ。

 

(4/23、日本経済新聞社説)

 

(写真)

1、北税政石川県支部の後援会合同定期総会(4/20)

2、公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会石川県支部通常総会(4/23)

3、石川県庁の桜(4/20)

 

「第29回碁苦楽会in淡路島」<610>

 

 

4月8日~10日、淡路島で碁苦楽会例会が開催された。

今回は過去最多の55名の参加だった。

2011年5月に発足してから13年になる。

私は2014年11月に初参加してから今回8回目、四段で参加した。

兵頭俊一会長は愛媛ご出身で兵庫県加古川市在住だが、事前.当日.事後文集作成と熱い思いでお世話いただき、そのご苦労に頭が下がる。

兵頭会長とは10年前の2014年11月に第4回中日韓姉妹都市囲碁交流大会で中国蘇州市にて初めてお会いした。

私が金沢市からのチームに参加し、兵頭会長は池田市から参加されたときである。

 

囲碁は手談とも言われ、言葉が通じなくても対局できる国際的なゲームだ。

 

淡路島では、鹿児島県霧島市の近藤数美四段と同部屋になったが、近藤さんは最年長の91歳でとてもお元気である。

7月にはヨーロッパ囲碁コングレスでフランスへ2週間にわたりご夫婦で行かれるとのこと。

 

初日の8日に宮崎で震度5の地震があり鹿児島にも震度2~3の影響あり、近藤さんの大阪在住の娘さんから心配の電話があったが、家に居てなくて弱震で良かったと言われていた。

 

トーナメントでは2回戦で負けてしまったが、初めての淡路島観光を堪能した。

 

伊弉諾(いざなぎ)神宮→たこせんべいの里→うずの丘大鳴門橋記念館→北淡震災記念公園→岩屋港連絡船→明石を巡った。

 

北淡震災記念公園では29年前の阪神淡路大地震で地盤が1.9メートルも動いた地盤展示を見て、3か月前に発災した能登半島地震を思い出して辛かった。

 

私も金沢市の自宅が被害を受けたから他人ごとでは無い。

 

観光は快晴に恵まれ、桜満開の淡路島のひとときに心が癒されました。

 

参加させていただきありがとうございました。

 

 

(写真)

淡路島にて。

「日医C協会と連盟の会議」<609>

3月25日、日本医業経営コンサルタント協会の顧問・相談役会が開催された。

議題は事業計画と予算案の他に「顧問・相談役に関する基準」の改定で、任期を原則6年とする件。

理由は財政事情によるとのことで会員数の減少傾向が原因である。

会議の後、日本医業経営コンサルタント連盟の役員4名で私学会館アルカディア市ケ谷でランチする。

 

3月27日、自見はなこ特命大臣のお招きを受けて協会川原丈貴会長とともに大臣室へ表敬訪問する。

 

3月29日、連盟の常務理事会をWEBで開催する。

令和6年度の事業計画と予算を審議決定する。

連盟も2021年6月に設立してから、やがて3年経過するが、その間に衆参の議員18氏を推薦するまでになった。

 

協会も1990年に設立してから来年2025年には35年の節目を迎える。

 

(写真)

1、日本医業経営コンサルタント協会の顧問相談役会議。

2、日医C連盟のランチ会。

3、自見はなこ特命大臣に招かれ表敬訪問。

 

 

 

 

「飯田昭夫先生のこと」<608>

3/6に飯田昭夫先生がご逝去された。

享年87歳だった。

飯田先生は福井県生まれで、国税当局に勤務され静岡で税理士事務所を開業された。

医業経営研究団体のMMPG

でお会いしてから40年になる。

昨年9月に電話してお声を聞いていたので信じられない気持ちだ。

先生とは趣味が囲碁とゴルフが同じで、年に数回、深夜まで囲碁対戦し翌日はゴルフのラウンドを楽しんだ。

飯田先生は囲碁七段の腕前。

2010年に先生の紹介で赤外線温浴器を購入し、健康法を学んだ。

2016年には私の碁盤開きの会にもお越しいただいた。

2018年には静岡で詩郷石心囲碁会を開催され、翌日、佃亜紀子プロ五段と私の三人で富嶽カントリーでプレイを楽しんだ。

2019年12月に小浜島カントリークラブ(石垣島)でプレイした。

3~4年前には富士山に2度登頂され、テニスも好きですこぶるお元気なご様子だった。

 

尊敬する先輩を亡くして寂しい限りである。

心からご冥福をお祈りいたします。

 

 

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北陸新幹線の金沢~敦賀間が開通し、北陸三県が一時間圏内に。(3/16)

「医師の偏在を無くする政策を」<607>

3/13付け日本経済新聞の社説を読む。

2026年度以降の医学部定員をどうするのか、厚生労働省の議論が本格化してきた。

今の定員を維持すると30年ごろから医師の総数が過剰になると見込まれるためだ。

24年度の医学部定員は約9400人。

高齢化によるニーズの増加に対応するため、08年度から地域枠を増員するなどして過去最多の水準を維持してきた。

08年に約28万人だった医師の総数は約34万人まで増えており、厚労省は働き方改革で医師の長時間労働を抑える前提を置いても、早ければ29年ごろに約36万人で需給が均衡すると推計している。

ただ外科や救急科、産科など、医師確保に苦しんでいる医療現場が多いのも事実だ。

東北地方や信越地方など深刻な医師不足が続いている地域も少なくない。

長時間労働で持ちこたえている。

24年4月から医師の長時間労働に罰則付きの上限が科される「2024年問題」への対応を考えても、外科などの医師を確保する対策は急務といえる。

総数が増えているのに医師不足の問題がなくならないのは、医師の配置が偏っていることに原因がある。

激務の外科や救急科を敬遠し、勤務先も東京など大都市を希望する医師が多いからだ。

医師数が多くなると、医師の生活基盤の不安定、過剰な検査、国民負担の過重を招く。

医師不足地域に誘導するシーリング制度を導入したが決め手になっていない。

 

これまでの施策を深掘りしつつ、医師の専門や勤務地の選択にある程度の制限をかけるべきだ。

 

私は2013年6月にノルウェーオスロで開催されたIHF国際病院学会を見学した。

 

そこで知ったのは、医師は国の指示に従って勤務する制度だった。

 

日本では医師会が独立していて、厚生労働省は話し合いでしか決定できない。

 

両者の大所高所からの政策論議に期待するしかない。

 

 

(写真)

白梅、紅梅、山茶花。

(3/1、金沢カントリー倶楽部にて)

令和6年能登半島地震 

過日、中央大学学員時報編集長の方から、学員時報(2024年4月号526号)の原稿依頼を頂き、書いてみました。

 

「令和6年能登半島地震を受けて」

中央大学学員会石川支部

幹事長 木村岳二

(学員会小林副会長より支援金を拝受する大友支部長、山本会計幹事)

 

はじめに~支援金の拝受と学員会への感謝

1月26日、小林治雄副会長が金沢にお越しになり、久野修二会長はじめ役員の方々からの温かいご支援金を拝受いたしました。ご厚情に感謝申し上げます。今回頂きました支援金は配布方法を決めて役立てさせていただきます。そして、4月24日の役員会並びに7月27日の総会にて今回の温かいご支援を報告させていただきます。

 

1.震災状況

令和6年の元旦16時10分、マグニチュード7.6(暫定値)の地震が能登半島を襲いました。能登から150㎞以上離れた加賀でも震度5強の強烈な揺れを観測。そして、大津波警報の発表が報じられました。

能登半島では、2023年5月にも震度6強を観測するなど、およそ3年にわたって活発な地震活動が続いておりました。 能登半島地震はおよそ150キロの活断層がずれ動いて起きた可能性があると政府の地震調査委員会が評価しました。能登半島の西側では90㎞にわたり海底が4m以上隆起、海底が完全に露出した漁港もあり、漁業は壊滅的な被害を受けています。

 

2.被災者としての支部会員

事務局にて被災を把握している方は以下の通りです。

輪島市のH会員(昭和60年、文学部卒)が亡くなりました。心よりご冥福をお祈りいたします。七尾市のK常任幹事(昭和47年、経済学部卒)は住居が使用不可能となり、鳳至郡能都町のI常任幹事(昭和60年、文学部卒)は住居や作業所がかなりの損壊があり、二週間程車中泊を余儀なくされるも現在は家の安全が確認され居住しております。また、鹿島郡中能登町のS常任幹事(昭和47年、商学部卒)は住居が被害を被ったとの事でしたが、現在では問題無く住んでおります。

 

3.支援者としての支部会員

毎年、石川県の総会準備担当を石川県、金沢市、北國銀行が担っております。この三団体がまさに被災地支援の主役となっております。支援者としての筆頭支部会員は、当支部副支部長の石川県副知事の徳田博氏。馳知事が震災時に在京していたことから、震災直後に県庁に入り陣頭指揮をとっています。副支部長の中には、商工会やロータリークラブの要職に就いている方もあり支援に取り組んでおります。建設業を営むE副支部長は、珠洲市での道路啓開作業と復旧作業にあたっています。会員には士業が多いことから、金沢弁護士会や北陸税理士会など公的支援を行っております。

 

おわりに~復興に向けて

能登半島は、縦に長く多くが海に面しているため能登に向かう道は限られております。今回の地震で大動脈である道路が寸断され被災地が孤立したため、緊急車両、工事車両等が現場に到着するまでに長時間かかり復旧作業が進まない要因となっています。また、能登地区の宿泊施設の多くも被災しているため、復興の工事関係者の宿泊場所が確保できず、日々遠方(金沢等)から数時間かけて現地入りしており、実際の作業時間が短く、復旧の遅れにつながっています。

復旧にはこのように多額の費用と日数がかかり、石川県だけでは力不足であり、全国的な支援が切望されます。義援金を募る活動が始まっており、更なるご支援を御願いしたいと考えております。

夜明け前が一番暗いと信じ、一日も早い復興を心より祈念しております。

 

中大学員時報_v526_8面_0315