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2017/10/05

「遺跡はタイムカプセル」<375>

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囲碁で知り合った「金沢市埋蔵文化財収納庫(新保本5丁目)」の施設長・吉村唯之氏を訪ねた。

 

埋蔵文化財を保存している施設は、他にも「金沢市埋蔵文化財センター(上安原南)」や「石川県埋蔵文化財センター(中戸町)」があり見学する。

 

金沢市には、巨大木柱根が出土した「チカモリ遺跡(新保本)」、多数の木簡が出土した「東大寺領横江荘遺跡(上荒屋)」をはじめ、縄文・弥生時代から江戸時代にいたるまで数多くの遺跡が分布している。

 

遺跡や出土した遺物は石川県で7,000箇所あり、私たちの地域の歴史文化を知る上で貴重な歴史遺産である。

 

〇、地球上に人類が誕生したのは、今から400万年前。

人は二本の足で地上を歩き、自由になった両手と技術で道具を作り始めた。

それは他の動物たちには見られなかった自然への挑戦であり、また文明社会へ向けての大きな一歩でもあった。

〇、旧石器時代…1万2千年前まで。

 

人類が誕生してから土器の使用が始った時代。

 

当時は気候の寒冷な氷期と、温暖な間氷期とが何万年かの周期で繰り返される氷河期だった。

石・木・骨・角を使った道具で動物を追い、平野や河川を望む段丘や台地に移り住んだ。

 

石川県内でも約3万年前には人々の生活が始まり、東西日本各地と移動・交流が行われていたようだ。

 

〇、縄文時代…1万2,000年前~2,300年前。

 

氷河時代の終わり頃になると気候は温暖化し、日本列島には現在と同じような温帯の動物や森が現れ、縄文時代が始まりました。

 

この新しい環境の中で、人は土器を使い始めます。

9,000年前には竪穴住居での定住生活が開始しました。

 

〇、弥生時代…紀元前3世紀後半~紀元後3世紀後半。

 

中国大陸や朝鮮半島から新しい技術や情報が入ってきて稲作の生活が中心となる。

 

武器が多く出土し各地で戦いがあったことがうかがえる。

西日本から青銅製の武器や鏡が運ばれた。

北陸地方では、管玉(くだたま)作りが盛んで、その製品は日本各地の交易に使われる。

 

〇、古墳時代…3世紀後半~6世紀。

 

各地の豪族達が、権力の象徴として古墳を盛んに築いた時代。

 

5世紀になると朝鮮半島から須恵器(すえき)と呼ばれる窯で焼かれた土器が伝わる。

 

 

〇、飛鳥・奈良・平安時代…7世紀~12世紀。

 

国家が人々や土地を直接支配する中央集権の仕組みが整備される。

土地を貸し与えられる一方、重い税や兵役を負担させられた。

 

文字を書いた土器も増加する。

 

平安時代も中頃になると土地の私有化が進む。

漆器や鉄鍋も現れる。

 

〇、鎌倉・室町時代…12世紀末~16世紀。

 

武家政権が誕生する。

農具や肥料の改良、二毛作の普及は農産物の生産性を高め、貨幣の流通は地域間の経済を発展させました。

 

中国から陶磁器が入ってきた。

 

使い捨ての箸が使われた。

 

 

〇、江戸時代…17世紀~19世紀中頃。

 

幕藩体制が整備され、都市を中心に経済が発展した。

 

 

1万年の間に人類は文明を高め変貌を遂げたが、現代は核兵器まで作り戦争で殺戮を繰り返すエゴイズムな世界になっている。

進化したと言えるのか。

 

 

9月25日の日本経済新聞の44面「文化」で、平田篤史氏は「縄文人で行こう!」と題し論じている。

 

縄文時代は傷害を持った人、大怪我をして独力で生活できない人でも、かなり長生きしたことが考古学の研究で分かってきている。

弱者を排除するのでなく、支え合って生きたことの証しだろう。

 

翻って現代はどうだろうか。

大国の指導者が特定の国を批判したり、人種差別的なヘイトスピーチが盛んに行われたりと程度が低い。

縄文人に見習うべきことは多いと思う。

 

平田氏は、縄文の暮らしをリアルに体験する「縄文村」を開設する夢見ておられる。

 

 

実現されたら素晴らしいことだ。

 

 

写真…藍の花(10/1石川県埋蔵文化財センターにて)

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プロフィール

名前
木村 光雄
資格
税理士
認定登録医業経営コンサルタント
情報化認定コンサルタント
趣味
囲碁とゴルフ
座右の銘
「この道より我を生かす道なし、この道を歩く」

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