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2019/05/15

「新元号・令和と万葉集」<433>

5月4日に、新元号「令和」の考案者との見方が出ている高志の国文学館長・中西進氏の「万葉集とその未来」と題した講演を富山国際会議場で拝聴し、その足で初めて富山市郷土博物館(富山城)や富山市佐藤記念美術館、さらに高志の国文学館を見学した。

 

「令和」の出典は、奈良時代の日本最古の歌集、万葉集巻五「梅花の歌三十二首」序文。

「初春令月、気淑風和・・・」

(初春の令月にして、気淑く風和らぎ・・・)。

 

この歌群は、天平2年(730年)1月、大宰府で大伴旅人(おおとものたびと)が主催した「梅花の宴」で詠まれました。

序文は宴の行われた初春の美しい気候を描きながら、これから仲間とともに詩歌を楽しもうとする心を述べたもの。

 

「令和」の直接の由来となった部分には、和やかでうるわしい初春を迎えた喜びが表れています。

 

中西氏の講演を聞いたメモからキィーワードを列挙します。

 

中国の漢文は儒教のテキスト

天皇一代一元は日本だけになった。

 

元号は国民の希望として掲げている

 

アジアの精神・・インドはパトス、中国は善、日本は民族性・エトス

 

日本は独自の和歌を生む

和歌は文化を紡ぐ言葉

令和は和歌の精神

 

哲学は自然の中にある

未来の夢に込められたもの

 

聖徳太子の憲法、「和をもって尊しとなす」は日本の根本精神

 

大伴旅人の嫡男・大伴家持(おおとものやかもち)は万葉集に最多の473首の歌を残した歌人で、その約半数の223首を国守として赴任(天平18年746年~5年間)した越中(今の富山県)の地で詠まれた。

富山県とりわけ高岡市は万葉集ゆかりの地と言える。

 

令和は「梅花の歌三十二首」の序文から考案された。

この歌群は、天平2年(730)1月、大宰府で大伴旅人が主催した「梅花の宴」で詠まれた。

旅人は翌年の天平3年に67歳で没している。

 

嫡男・大伴家持は梅花の宴が行われた当時、13歳頃だった。

 

家持は平安時代の和歌の名人「三十六歌仙」の一人です。

 

高志の国文学館で、「大伴家持・生誕1300年記念企画展」が開催されていて、現代を代表する日本画家・洋画家たちが家持の歌をモチーフに描いた絵画を鑑賞した。

 

元号の文化を感じるひとときでした。

 

 

写真・・・講演の富山国際会議場と高志の国文学館での大伴家持像

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プロフィール

名前
木村 光雄
資格
税理士
認定登録医業経営コンサルタント
情報化認定コンサルタント
趣味
囲碁とゴルフ
座右の銘
「この道より我を生かす道なし、この道を歩く」

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