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「良い医師の選び方」<301>

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4月に来訪の野口哲英氏からいただいた著書「医者いらず金いらず」の中に表題の記述があった。
この著書は(株)日本医療経営研究所の野口哲英代表取締役が著者で聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏が監修している。

 

 

「良い医師の選び方」

 

 

1、遠慮せず何でも聞ける自分に合った相性の良い医師。
2、コンピュータの画面ばかり見ないで、正面切って人の目を見て話をする医師。
3、すぐ検査や薬漬けにしないで患者を人間としての尊厳をもって誠実に診る医師。
4、話し上手よりも聞き上手の医師。
5、薬や治療法を定期的に見直す医師。
6、病院で担当医師が年中変わるところは避ける。
7、マスコミやホームページなどで派手なパフォーマンスをする医師は避ける。
8、一応の検査をしてすぐ入院とか、手術をせまる医師を避ける。(ドクターハラスメント)
9、医師や病院に疑問を持ったらセカンドオピニオン(他の医療機関や他の医師の意見)を求めよう。
診療記録や画像検査データ付きの紹介状を書いてもらう。
10、健康保険で認められた医療のみでは治療に限界があり、絶対的とは言えない。
ガンや生活習慣病に対しては、代替医療の可能性を否定しない医師を選ぶ。
11、ガンなど現代の西洋医学が万全の治療法ではないことを認める医師、例えば患者がサプリメントや代替医療など、他の治療法を受けていることを医師に告げても、はなから否定せず検査などを行って数値が改善しているか否かアドバイスしてくれる医師。
12、治療が難しくすぐ治らない病気に対して、世界で行われている最新医療の知識を持っている医師。
13、総合診療ができるかかりつけ医師を持とう。
14、医師の肩書き(教授、准教授、講師)や出身大学にとらわれず、人間性で判断する。
15、病医院の清潔度はトイレを見れば分かる。絵や花が飾ってあれば気配りが感じられる。

 

 

この内容は野口氏の体験や見聞に裏付けられているようだ。
良い医師とは患者の身体と心理の両面に配慮して最善の手段を尽くす技術と人間力を兼ね備えた先生だと思う。

 

 

写真…越中八尾にて

第6回提案力コンテスト

FullSizeRender9月11日(金)の終日、金沢のオフィスを離れ、七尾市にて社内提案力コンテストを実施致しました。

次の幹部会会議にて、企画採用するかを決めたいと思います。

吉田G:相続コンシェルジュ

上梨G:事業承継(財産権)ツール

早川G:医業アンケート

竹田G:採用・女性活用

坂井G:営業の仕組み化

 

企画採用されるかどうかは置いといて、来年も継続してモニタリングしてきます。

 

はるか遠くへ続く道。歩んでいきたい。心一つに。

 

研修の後は、加賀屋で七尾湾を一望できるお風呂を堪能し、コンドミニアムスイート和倉にて宿泊。会食後も、部屋のみで大量のアルコールを頂きつつ、皆で話し込んだのでした。。。

 

恩送り(Pay it forward)

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恩送り(Pay it forward)の趣旨で、第103回目、カナモン朝活@シナジーの講師を務めて参りました。

忘恩の徒の誹りを逃れるためもあります。

主催者は、私の盟友である浅尾氏。中小機構の窓口相談からのご縁です。

浅尾氏が大学生の頃からですから、5年ほどになります。

20代の浅尾氏に、恩送りの意味で、恥ずかしながら、目標設定やら3年日記の効用などなどを話してきました。。。

【テーマ内容】私の志 【日 時】9月3日(木)7時15分〜

https://www.facebook.com/events/583156401822153/

 

「おわら風の盆」<300>

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9月2日に「越中八尾風の盆」に行って来ました。
平野豊先生のお世話で清水武信先生ご夫妻(狭山市)、山岸貞司先生、高雅美先生(山口市)とともに観賞させていただいた。

 

 

途中、砺波市の厳照寺の門杉、栴谷神社(せんだんじんじゃ)の綽如杉(しゃくにょすぎ)、いづれも樹齢450年以上の巨木を訪ねた。
昼食に庄川の「川金」で温泉に入り、旬の鮎料理を堪能した。

 

 

八尾に入ったときには前夜の豪雨はなく、皆で「嵐を呼ぶ男」と雑談していたが、私も内心ホッとした。

 

 

褒章・叙勲祝賀会で寒波や台風に見舞われたのが発端だ。

 

 

人口8千人の八尾町に観客が3日間で30万人集まるという。

 

 

19時から21時まで、おわら演舞場で5支部の競演を観賞。
幽玄な胡弓の音色とおわら節に合わせたきびきびした男踊りと華麗な女踊りは圧巻だった。
民謡「越中おわら」は三百年の歴史をもち、叙情豊かで気品高く、綿々としてつきぬ哀調の中に優雅さを失わぬ詩的な唄と踊りだ。

 

 

9月1日~3日は二百十日の厄日に、豊穣を祈る「風の盆」として継承されている行事だ。

 

 

「おわら」の語源は諸説あり、「おわらひ」という語を差し挟んで唄ったのが「おわら」に変わったという「お笑い節説」と豊年を祈り藁の束が大きくなるようにとの思いから「大藁」が転じて「おわら」になったとの「大藁説」などがあるそうな。

 

 

おわらの歴史は古く元禄の頃といわれている。

 

 

「越中おわら」 唄の詞

 

 

越中で立山、加賀では白山、駿河の富士山、三国一だよ

 

 

八尾よいとこ、おわらの本場、二百十日を、オワラ、出て踊る

 

 

唄の街だよ、八尾の町は、唄で糸とる、オワラ桑もつむ

 

 

三千世界の松の木ア-、枯れても、あんたと添わなきゃ、娑婆へ出た甲斐ががない

 

 

竹になりたや、茶の湯座敷の、ひしゃくの柄の竹に、いとし殿御に持たせて、汲まれて、一口、オワラ、呑まれたや

 

 

春風吹こうが、秋風吹こうが、おわらの恋風、身についてならない

 

 

写真…おわらガイド

MMPG小冊子改訂2016

0000000010メディカル・マネジメント・プランニング・グループ(MMPG)編「医師・歯科医師のための相続と事業承継の実務ポイント」(平成25年10月改訂版)がほぼ売り切れたようです。8,000部発行して、完売。一冊500円なので、売上400万円也。印税は、研究会の皆の総意で、赤ワイン代として早々と消えてしまいました(笑)。

先日、MMPG税制会計研究会の打ち合わせがあり、来年早々に改訂版を作成することと相成りました。。。

 

「碁聖、本因坊道策と秀策の地を訪ねて」<299>

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8月17日~19日に広島県尾道市因島の秀策囲碁記念館、島根県大田市馬路の道策生家、世界遺産・石見銀山、出雲大社を訪ねた。
このツアーは日本棋院の主催で、同行した指導棋士は佃亜紀子五段(金沢「石心」主宰の佃優子先生の妹さん)。
参加者は東京、大阪、名古屋、新潟、金沢などから19名。
金沢からは熊谷さん、中山さん、谷口さん、福島夫妻と私の6名。
岡山駅からバスで出発し、山陽自動車道~しまなみ海道~尾道自動車道~松江道~山陰自動車道~尾道米子自動車道~中国自動車道~岡山自動車道を通り、岡山県、広島県、島根県、鳥取県をぐるっと回遊し、また、ガイドと添乗員の名調子で楽しく過ごせた。
囲碁は中国で生まれ、七世紀に日本に伝わり日本文化として根付いた。
「枕草子」の清少納言(966~1025)や「源氏物語」の紫式部(970~)も囲碁が登場している。
江戸時代に囲碁の世界を席巻した棋士が道策と秀策である。
第四世本因坊道策(1645~1702)…350年前の江戸時代。
7歳の頃から囲碁を習い始め、習ったことに答えられないと、母が裏の井戸に連れて行き、頭から冷水を浴びせたと言われています。
13歳の時に江戸に出て、囲碁の四大家元の一つ「本因坊家」に入門。
内外に敵無く、13段の実力があったと言われている。
年に一回行われる御城碁(江戸城の将軍の前で行われる碁)において十四連勝し、33歳の時に第四世本因坊に就任するとともに、「名人・碁所」に推挙された。
平成16年に日本棋院において実施された第一回特別囲碁殿堂表彰において、満票で殿堂入りが決定した。
本因坊とは、戦国時代末期、京都寂光寺の僧で日海という碁の名手が現れ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた。
家康は日海を江戸に招き、名人碁所に任じ50石を五人扶持を与えた。
日海は寂光寺の一搭頭の名、本因坊を号とし算砂と改名したのが名称の始まりであり、以後、昭和の初めの第二十一世秀哉まで続き、秀哉没後は選手権の名称となっている。
現在は、第二十五世本因坊趙治勲。
道策(幼名山崎三次郎)のお墓参りもさせていただいた。

 

 

 

第十四世本因坊秀策(1829~1862)…200年前の江戸時代。
秀策は因島に生まれ、「150年来の天才碁豪」と言われた。
わずか9歳で日本最高峰の本因坊家に入門し、20歳で第14世本因坊跡目を継承。
御城碁では空前絶後の19連勝無敗という偉業を成し遂げるも、34歳の若さで亡くなった。
母の訃報から百日の精進に入り椎茸だけを食べていたことで体力が落ちていたところにコレラにかかった。
それにもかかわらず本因坊家の人びとの看病をして彼自身が倒れたのである。
因碩との対局での妙手「耳赤の一手」は伝説となっている。
見学先の記念館で、「碁ランテア」の方と交流対局をしていただいた。
佃亜紀子先生から色紙をいただいた。
「楽未央」…楽しみ未だ尽きず。
石見銀山遺跡「龍源寺間歩」では1万歩かけて散策した。
出雲大社では「島根県古代出雲歴史博物館」を佃亜紀子先生とともに観覧した。
また、「八雲そば屋」で食べた「三種そば」も美味しかった。
有意義な囲碁ツアーでした。

 

 
写真…19日鳥取県、蒜山(ひるぜん)道の駅で。

大谷翔平選手の曼荼羅シート

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投手と打者の二刀流、北海道日本ハムファイターズの大谷翔平選手。ご縁のあるコンサルタントより、花巻東高校時代の曼荼羅シートを紹介頂く。大谷選手が高校1年生のとき、「ドラフト1位で8球団から指名される」ことを目的に掲げた。

 

その目的を達成するために、何をすべきか書いた表がこの曼荼羅シート。

テクニカルなスピード等の項目の他に「運」を挙げているのが興味深い。「運」の落とし込みに、「応援される人間になる」や「ゴミを拾う」、「審判への態度」などがある。経営にも十分参考になる曼荼羅シートです。

第42回TKC全国役員大会の参加

FullSizeRender先月、TKC全国役員大会に参加して参りました。

今、我々の業界は、強烈な危機感を持っています。ITの進歩が税理士の市場を小さくする危惧。そして、会計ソフト、e-tax、マイナンバー制度の導入で、自計化から「自率化」(自己申告化)への流れが読めるからであります。

職業会計人が生き残るための3つの条件として、Jone L. Carey氏の以下の見解を確認しました。

 

1.組織化

この職業は効果的な業績を上げるために、組織化されなければならない。

2.社会の納得

この職業は、必要な、そして有用な仕事をしているということを社会に納得させなければならない。

3.現代の業務への適応・新しい業務の開始

この職業が現代の業務に適応する場合においてのみ、また、経済の変転する要求を満たすために、新しい業務を開始する場合においてのみ、この職業は生き残ることができる。

 

当たり前のように思える3条件。これを日常にどう落とし込んでいくか。そして、短期のみならず長期的にも手を打つ。9月の事業発展計画書発表会の大きな宿題です。

余談ながら毎日、日記を書いておりますが、日記は、その日々の行動が短期のみならず長期的にどう影響するのか良い検証ツールとなります。大河ドラマと同じく、人生にも経営にも起承転結があります。日々、毎週、毎月、毎年、3年それぞれの起承転結がどこに現れるか。これは時系列で追うしかわかりません。日記は、人生や経営の起承転結の起伏がわかる有力かつ強力な究極の道具であります。

 

次に、職業会計人が行う経営助言の特徴です。

職業会計人は、財務データや経済データの測定と伝達とにおける熟練技術をとおして、経営助言業務への道を見出していくという前提のうえに一つのアプローチが基礎づけられる。

 

「測定できないものは管理(統轄)できない」“You can’t control what you can’t measure.”

「測定できることは達成できる」“What gets measured gets done.”

 

会計の基礎は、当然に数値であり、測定可能です。

ゆえに、アドバイスは数値をもとに提供する。

この定理も当たり前すぎて、「ハッ?」となりますが、ここも辛抱強く、Jone L. Carey氏の見解をもとに、お客様に提供可能なサービスを探していきます。

「子々孫々に誇れる日本を~持続可能な社会に向けて安倍内閣が取り組むこと~」<298>

8月5日に「北國友翔会」主催の講演会を聞いてまいりました。

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主題のテーマで、講師は参議院議員 国務大臣(女性活躍・行政改革・国家公務員制度担当) 内閣府特命担当大臣(規制改革・少子化対策・男女共同参画) の有村治子先生。
有村氏は昭和45年に金沢市で生まれた。
出身は滋賀県でルーツは鹿児島。
ICU国際基督教大学を卒業し、奨学金を受け米国SIT大学院修士課程修了。
日本マクドナルド(株)勤務を経て、平成13年 参議院選挙比例代表(全国区)にて初当選(30歳)。
平成25年、3期目当選。
平成26年9月に第二次安倍改造内閣において初入閣。
歴代最も若い自民党女性局長、参議院環境委員長を歴任されている。
講演の骨子と私の付加情報は次のとおり。
・「ゆでガエル現象」に例えられるように、感度の良いセンサーを持つことの大切さ。
・昨年5月に「増田レポート」が発表され衝撃を与えた。
日本創生会議(増田寛也座長)が「2040年までに896の自治体が消滅する」と予測したのだ。
安倍政権は、今国会を「地方創生国会」と位置づけ、地方活性化に向けた政策について議論が始まり、「人口減少社会」そして「消滅可能性自治体」がクローズアップされている。
正確には、あくまで人口減少が続き、半減したら、その自治体の財政が破綻すると言っており、地方から人が消えるとは言っていない。
・人口が減少すると人材確保のため海外に生産拠点を移したり、非正規労働に頼ると、ますます結婚しにくくなり、さらに少子化になる。
・第一子を産む年齢。
1980年は26.4歳だったのが、30年後の2014年には30.6歳になった。
30年前には第三子を産んだ年齢である。
・合計特殊出生率が2.07人なら現状維持なのに、現在は1.42人である。
石川県は1.49人。
・安倍政権ではウーマンリブを成長戦略と位置づけている。
移民政策は自国テロの危険性をはらむ。
・女性の参政権も昭和20年(1945年)のポツダム宣言でようやく認められた。
大正時代は婦人の政談集会参加と発起が禁止されていたから隔世の感がありますね。
選挙権の歴史は次のとおり。
1889年(明治22年)…憲法発布し25歳以上の男子で直接国税15円以上の納税者。公開制で人口の1%。(126年前)
1900年…25歳以上の男子。直接国税10円以上の納税者。秘密投票となり人口の2.2%。
1925年…25歳以上の男子で納税要件を撤廃して人口の20%。
1945年…20歳以上の全ての男女。人口の48%。(70年前)
2016年…夏の参議院選挙より18歳以上の男女。
・1985年に「男女雇用均等法」が施行されてから30年。
日本の女性活躍に海外投資家が注目している。
・2020年に女性管理者を30%にする目標。
適材適所と教育の必要性。
石川県は管理職に占める女性の割合が滋賀県と並んで全国最下位となっている。
高い県は高知県で21%。
・女性の理工系を現在の10%から上げるため、経団連からの支援を受けて小中学生から教育する体制づくりをしている。
・「長時間労働」により、子供を風呂に入れる時間に父親が居ない。
子供を産むのは女性しかできないが、育児は父母が協力する。
日本生命は育児休暇を100%取っている。
「ライフワークバランス」を重視しないと企業の競合にも負けてしまう。
女性性の雇用率や管理者比率を公表する政策を検討している。
・平成の27年間に首相は17人変わっている。
これでは中長期的で強い政策は打てない。
・キャリアプランは描かなくては実現しない。
子供に父親像を示しているか。
日本は共働きでも、男性の70%が家事ゼロである。
修羅場になる前に、居ない時間をどう埋めるか考えて欲しい。
・子供が30代半ばになったら家族や人生のマネジメントをできるように教育すべきだ。
有村先生のお話を聞き、女性の社会的地位の向上ひとつとってもあまりにも長い歳月を要することを実感した。
写真…7/30、自宅にて。

アラジンとジーニー

img_3-thumb-298xauto-13928先日、有力な提携企業のご縁を頂いて、劇団四季のミュージカル『アラジン』を拝見してきました。

場所は、東京・汐留にある電通四季劇場[海]。初のミュージカル体験でした。

真のエンターテイメントであり、圧巻は、魔法のランプの精「ジーニー」。このジーニーの存在感に圧倒される。主役の男女より、拍手が明らかに多い。私だけでなく、多くの皆様を同じ印象を受けたのだろう。

ジーニーは、陽気なランプの精で、主人となったアラジンに仕え、彼の「3つの願い」を叶えようとする。だがその陽気さとは裏腹に、実は、自由の身になることを望んでいる。

主人に仕える宿命の男の運命が変わる瞬間。

鑑賞後のさわやかな感覚が、若干の羞恥心を感じつつ、自身の良心を刺激したのを自覚しました。

私もだれかにささやかな幸せを与えたい。こうしたことを恥ずかしながら想いつつ、会場を後にしたのでした。